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「縁側」-みんなが作る掲示板-からのお知らせ
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縁側をご利用いただく際のルール&マナー集を用意いたしました
ユーザーの皆様に楽しくご参加いただけるよう、主に投稿時の注意点などをまとめています。
ご投稿の前には必ずご一読をお願いいたします。詳しくはこちら⇒「縁側 ルール&マナー

紹介文

私は乗り物が好きで趣味でいろんな所に旅行に行って、目に留まった物の写真を撮っています。
主にコンデジで撮った観光地や風景の記録目的のスナップ写真をアップしていきます。
旅行日と地域毎に一つのスレにまとめ、スレのタグは都道府県名にしていきます。
現在写真のアップに忙しく返信する時間がないのでしばらく運営者のみ投稿可にしておきます。

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松江市街1 松江市街2

新大橋と松江大橋の間にある宿泊したホテルの前で写しました。
このホテルの前の道を西に行きます。

2012/7/8 21:47  [951-1489]   

松江市街3 松江市街4 松江市街5 松江市街6

松江大橋の北にある大橋北詰交差点を過ぎたところにあるT字路で写しました。
1,2枚目は西方向の京店商店街です。
3,4枚目は東方向の京店商店街です。

2012/7/8 22:33  [951-1490]   

松江市街7 松江市街8 松江市街9 松江市街10

1,2枚目は京店商店街から北の殿町方向の道を写しました。
3枚目は國暉(こっき)酒造というお店です。
4枚目は京店商店街の西にある茶町商店街です。

2012/7/8 23:03  [951-1491]   

松江市街11 松江市街12 松江市街13 松江市街14

1枚目は宍道湖大橋北詰交差点です。宍道湖大橋は渡らずに西に行きます。
2,3枚目は末次公園です。
4枚目は松江市役所です。

2012/7/8 23:20  [951-1492]   

松江市街15 松江市街16

1枚目は松江市役所の西で写しました。
2枚目は近くにあるアルファステイツ宍道湖2という建物です。

2012/7/8 23:49  [951-1493]   

一畑電車松江しんじ湖温泉駅1 一畑電車松江しんじ湖温泉駅2 一畑電車松江しんじ湖温泉駅3 一畑電車松江しんじ湖温泉駅4

1,2枚目は一畑電車松江しんじ湖温泉駅の駅舎です。
3枚目は駅前にあるお湯かけ地蔵足湯です。
4枚目は一畑電車松江しんじ湖温泉駅のホームで線路を写しました。単線です。

2012/7/9 00:03  [951-1494]   

一畑電車松江しんじ湖温泉駅5 一畑電車松江しんじ湖温泉駅6 一畑電車松江しんじ湖温泉駅7 一畑電車松江しんじ湖温泉駅8

一畑電車松江しんじ湖温泉駅のホームで電車を写しました。一畑北松江線の電車は電鉄出雲市駅行きです。

2012/7/9 00:16  [951-1495]   

一畑電車一畑口駅で撮影1 一畑電車一畑口駅で撮影2 一畑電車雲州平田駅で撮影

一畑口駅は出雲今市(現・電鉄出雲市)方面から一畑寺(一畑薬師)への参詣鉄道を目的とした鉄道線の中間駅であったのだが、1928年4月に北松江(現・松江しんじ湖温泉)方面からの路線が当駅の出雲方面側に付け足されたため、両路線の接続駅となった。その後、当駅から3.3km北の一畑駅までの区間は1944年12月に戦時中の鉄材供出で営業休止となり、1960年4月には正式に廃止されている。その際、残存する線路はそのままにされたため、現在に至るまで平坦地に存在するスイッチバック駅となっている。
1枚目は松江しんじ湖温泉駅を出た時の先頭車両が一畑口駅に着いた時に写しました。この先線路はありません。この後最後尾の車両が先頭車両になって走り出します。
2枚目は先頭車両内部を写しました。
3枚目は雲州平田駅で停まった時に最後尾の車両内部を写しました。この駅から一畑電車のアテンダントが乗ってきました。

2012/7/9 21:16  [951-1496]   

一畑電車川跡駅で撮影 一畑電車出雲大社前駅で撮影1 一畑電車出雲大社前駅で撮影2 一畑電車出雲大社前駅で撮影3

1枚目は川跡駅で一畑電鉄大社線の出雲大社前駅行きの電車に乗り換えるところです。真ん中の電車から手前の電車に線路を渡って乗り換えます。
2,3,4枚目は出雲大社前駅で乗ってきた電車を写しました。

2012/7/9 21:44  [951-1497]   

一畑電車出雲大社前駅1 一畑電車出雲大社前駅2 一畑電車出雲大社前駅3 一畑電車出雲大社前駅4

1,2枚目は出雲大社前駅の駅舎内を写しました。
3,4枚目は出雲大社前駅の駅舎です。

2012/7/9 22:41  [951-1498]   

宇迦橋の大鳥居1 宇迦橋の大鳥居2 宇迦橋の大鳥居3 宇迦橋の大鳥居4

一畑電車出雲大社前駅から南に200m程行くと、堀川に架かる宇迦橋の北側に大鳥居があります。
鉄筋コンクリートの鳥居は高さ23m(出雲大社本殿より1m低くしてあります)、柱の周囲6m,直径2mで、鉄筋コンクリートで作った鳥居では日本で最初のもので、出来た当時は日本一の大きさでした。
中央の額は畳六畳敷の大きさで、文字は千家尊福(せんげたかとみ)公が書かれたものです。
大正天皇の即位を記念して大正四年(1915年)に竣工したものです。

2012/7/9 23:20  [951-1499]   

旧大社駅1 旧大社駅2 旧大社駅3

1枚目は宇迦橋から更に500m程南に行くと左側に旧大社駅があります。
2,3枚目は旧大社駅のホームで線路を写しました。

2012/7/9 23:48  [951-1500]   

旧大社駅4 旧大社駅5 旧大社駅6 旧大社駅7

旧大社駅のホームにD51774がありました。

2012/7/10 00:18  [951-1501]   

旧大社駅8 旧大社駅9 旧大社駅10 旧大社駅11

D51774です。

2012/7/10 20:55  [951-1502]   

旧大社駅12 旧大社駅13 旧大社駅14 旧大社駅15

D51774です。

2012/7/10 21:31  [951-1503]   

旧大社駅16 旧大社駅17 旧大社駅18 旧大社駅19

D51774です。

2012/7/10 22:05  [951-1504]   

旧大社駅20 旧大社駅21 旧大社駅22 旧大社駅23

D51774の運転席です。

2012/7/10 22:27  [951-1505]   

旧大社駅24 旧大社駅25 旧大社駅26

1,2枚目はD51774の運転席です。
3枚目は蒸気機関車に連結される炭水車で上に石炭、下に水を積載します。

2012/7/10 23:04  [951-1506]   

旧大社駅27 旧大社駅28 旧大社駅29 旧大社駅30

旧大社駅の駅舎は中央本線高尾駅の北口駅舎を設計した曽田甚蔵が設計したもの。国鉄大社線開通により1912年(明治45年)開業の駅舎を1924年(大正13年)2月28日に竣工した2代目駅舎で、出雲大社の門前町にふさわしい、純日本風の木造平屋(441平方メートル)建てです。
JR大社線は1990年(平成2年)3月31日に廃止され、その後2004年に国の重要文化財に指定された。また付近にある一畑電車出雲大社前駅とともに近代化産業遺産に認定されている。廃止後もホームや駅の掲示などもすべて当時のまま残されている。

2012/7/10 23:35  [951-1507]   

旧大社駅31 旧大社駅32 旧大社駅33 旧大社駅34

旧大社駅の駅舎です。

2012/7/11 00:02  [951-1508]   

旧大社駅35 旧大社駅36 旧大社駅37 旧大社駅38

1,2枚目は旧大社駅の駅舎です。
3,4枚目は旧大社駅のホームで線路を写しました。

2012/7/11 21:15  [951-1509]   

旧大社駅39 旧大社駅40 旧大社駅41 旧大社駅42

1,2枚目は駅舎内の駅長事務室を写しました。
3,4枚目は切符売り場です。

2012/7/11 21:43  [951-1510]   

旧大社駅43 旧大社駅44 旧大社駅45

待合室は正面向かって右手が二等待合室、中央の大きな一般待合室と二つあり、昭和初期までは分けて使用されていました。
ここは一般待合室です。

2012/7/11 22:25  [951-1511]   

旧大社駅46 旧大社駅47 旧大社駅48 旧大社駅49

1,2枚目は観光案内所です。
3,4枚目は天井です。高く設計された天井からは大正風の灯篭型の和風シャンデリアが玄関を含めて30個備え付けてあります。

2012/7/11 22:58  [951-1512]   

旧大社駅50 旧大社駅51 旧大社駅52 旧大社駅53

駅舎の威風を誇る屋根にもいろいろと特徴があります。中央には千鳥破風が取り付けられ、また、棟には鴟尾(しび)が乗り、各破風には懸魚(げぎょ)が付けられています。瓦はいずれも特製で、一般の物より大きく玄関中央の懸魚の上野瓦は国鉄マークである動輪の瓦があります。さらに、瓦の上には亀の彫物が付けられています。

2012/7/11 23:33  [951-1513]   

吉兆館 吉兆館の近く1 吉兆館の近く2

1枚目は大社ご縁広場にある吉兆館です。吉兆館は出雲大社本殿をイメージした建物。棟で輝く黄金の扇と鉾が目印です。広場でやすらぎとふれあいを楽しんだりできる。また、町民ギャラリーで休憩した後は、吉兆ホール(無料)で神々との対話を“光と音と映像”で体験できます。
2,3枚目は吉兆館の近くで写しました。国引き神話の壁画のようです。

2012/7/12 00:04  [951-1514]   

宇迦橋の大鳥居5 堀川

1枚目は宇迦橋の大鳥居です。
2枚目は宇迦橋の上から堀川を写しました。左に吉兆館が見えています。

2012/7/12 22:02  [951-1515]   

神門通り1 神門通り2 神門通り3

宇迦橋の大鳥居から出雲大社参道入口の勢溜(せいだまり)までを神門通りと言います。
2枚目は出雲大社前駅の駅舎です。

2012/7/12 22:22  [951-1516]   

神門通り4 神門通り5 神門通り6 神門通り7

1,2枚目は神門通りにあるお店です。
3,4枚目は出雲大社参道入口の勢溜(せいだまり)前の歩道は工事中です。

2012/7/12 22:50  [951-1517]   

出雲大社1 出雲大社2 出雲大社3 出雲大社4

出雲の国は、神の国、神話の国として知られています。その“出雲の国”には、今もなお古の神社がいたるところにあります。そして、その中心が「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」をおまつりする出雲大社(いづもおおやしろ)です。大国主大神は、「だいこくさま」と申して慕われている神さまです。「だいこくさま」、すなわち大国主大神さまは、幽冥主宰大神(かくりごとしろしめすおおかみ)とも称されます。幽冥(かくりよ)とは、神の世界のことで、人々の亡くなった後の霊魂が帰る世界でもあります。この幽冥は我々の世界からは見ることのできない世界でありますが、大国主大神は、幽冥主宰大神として、この幽冥をおさめられ、人々の霊魂をもおさめられる神さまです。
大国主大神はその霊力によって、住みよい日本の国土を築かれました。それはすべてのものが豊かに成長する国土で、「豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)」と呼ばれました。『日本書紀』の記録によると、大国主大神はこの国づくりの大業が完成すると、日本民族の大親神である天照大御神に、その豊葦原の瑞穂国をお譲りされたとあります。天照大御神は大国主大神の私心のない「国譲り」にいたく感激され、大国主大神のために天日隅宮(あめのひすみのみや)をおつくりになり、第二子である天穂日命を大国主大神に仕えさせられました。この天日隅宮が今の出雲大社であり、天穂日命の子孫は代々「出雲國造」と称し、出雲大社宮司の職に就いています。現在は第八十四代出雲国造千家尊祐宮司がその神統と道統を受け継がれています。

出雲大社参道入口の勢溜の大鳥居と灯篭です。神門通りを上がってきた勢溜が一番高くなっていて、ここから下り参道になります。

2012/7/12 23:23  [951-1518]   

出雲大社5 出雲大社6 出雲大社7 出雲大社8

勢溜の大鳥居です。ここは記念撮影する人が多い場所です。

2012/7/12 23:45  [951-1519]   

出雲大社9 出雲大社10 出雲大社11

1枚目は勢溜の大鳥居の東側にある丘の上には千家尊福(せんげたかとみ)公の銅像が建てられています。
2,3枚目は下り参道です。

2012/7/13 00:00  [951-1520]   

出雲大社12 出雲大社13 出雲大社14

1枚目は参道の途中東側にある浄の池です。
2枚目は参道から勢溜の方を写しました。
3枚目祓橋(はらいのはし)の向こうに茶色の鳥居があります。

2012/7/17 21:06  [951-1521]   

出雲大社15 出雲大社16 出雲大社17 出雲大社18

祓橋(はらいのはし)をわたった西側で写しました。
1枚目は石のオブジェです。
2枚目は祓橋(はらいのはし)を写しました。
3枚目は南側の川の向こうを写しました。
4枚目は祓橋(はらいのはし)の向こうの参道を写しました。参道途中向かって左側に祓社(はらいのやしろ)があります。

2012/7/17 21:24  [951-1522]   

出雲大社19 出雲大社20 出雲大社21

祓橋から境内までは樹齢数百年の松並木の参道で、松並木によって真中と両側の三つに分かれています。昔は、中央の参道は皇族の方々や例祭の時天皇陛下のお使いである勅使(ちょくし)さんが通られる道とされ、一般には通行ができませんでした。

2012/7/17 21:49  [951-1523]   

出雲大社22 出雲大社23 出雲大社24 出雲大社25

1枚目は松並木の参道に茶色の鳥居と石灯籠があります。
2,3枚目は松並木の参道の真ん中を両側から写しました。
4枚目は松並木の参道の東側で奉納神代神楽の舞台がありました。

2012/7/17 22:12  [951-1524]   

出雲大社26 出雲大社27 出雲大社28 出雲大社29

松並木の参道の東側で奉納神代神楽の舞台より北に行ったところにある、幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)を拝祭する大国主神の像です。

2012/7/17 22:40  [951-1525]   

出雲大社30 出雲大社31 出雲大社32 出雲大社33

1枚目は松並木の参道の西側にある手水舎です。
2,3,4枚目は出雲大社の神域の荒垣正門です。この碧銅の鳥居は、寛文六(1666)年六月毛利輝元の孫綱広の寄進になるものです。

2012/7/17 23:01  [951-1526]   

出雲大社34 出雲大社35 出雲大社36

荒垣正門の左右を写しました。

2012/7/17 23:27  [951-1527]   

出雲大社37 出雲大社38 出雲大社39 出雲大社40

出雲大社の昭和34年5月に竣功した拝殿(はいでん)です。現在は平成の大遷宮中の為、拝殿は御仮殿となっております。

2012/7/18 20:54  [951-1528]   

出雲大社41 出雲大社42 出雲大社43 出雲大社44

拝殿の長さ8m,重さ1500kgの大注連縄(しめなわ)です。
出雲大社では拝殿と神楽殿に巨大な注連縄の張られている。しかし、その張り方が普通の神社とはまったく逆になっている。日本では、古くから左(向かって右)の方が上位で尊いとしてきた。神社でも同じである。社殿から見て左側、すなわち参拝者から見て右側が上位である。このため、一般の神社の注連縄を見ると、参拝者から見て向かって右側から綯(な)い始め、向かって左側で綯い終わる。だが、出雲大社では正反対で、注連縄の綯い始めは向かって左となっている。作家の伊沢元彦氏は、その理由を「出雲大社は大怨霊オオクニヌシノカミを封じ込めた神殿である」ためとしている。

2012/7/18 21:12  [951-1529]   

出雲大社45 出雲大社46 出雲大社47 出雲大社48

1枚目は仮拝殿です。
2枚目は昭和38年5月の竣工庁舎(ちょうのや)です。モダンなスタイルで目をひきます。構造は、鉄筋コンクリート造。設計は、菊竹清訓(きくたけきよのり)氏によるものです。出雲地方の独特の刈り取った稲束を懸け干しておく「はでば」の形を採用し、横桟の間には、特殊ガラスをはめ込んで、適当の量の採光に工夫してあります。
3枚目拝殿の後ろに御本殿が見えています。現在の御本殿は延享の御造営(延享元年(1744)10月7日)以来、文化6年(1809),明治14年(1881),昭和28年(1953)と3度の御遷宮御造営(屋根の葺き替えなどを主とする御修理)をお仕えして現在に至っています。仮殿遷座祭が平成20年(2008)4月20日にあり、本殿遷座祭は平成25年(2013)5月の予定です。

2012/7/18 21:45  [951-1530]   

出雲大社49 出雲大社50 出雲大社51 出雲大社52

国宝の本殿は、拝殿の奥に瑞垣と玉垣に囲まれていて建っています。瑞垣の門を八足門と言い、普通はここから本殿を拝している。
1枚目は造営中でシートが張られた八足門です。中には玉垣の桜門があり、その中に「大社造り」と呼ばれる我が国最古の建築様式で建てられた巨大な本殿があります。
2枚目は拝殿(御仮殿)の北側を写しました。
3枚目は神楽殿に行く境内の西の門です。
4枚目は本殿の西にある西の十九社(じゅうくしゃ)です。我が国では、旧暦の10月を通常「神無月(かんなづき)」と呼んでいる。10月10日に全国の神々が出雲大社に集られ、10月11日から17日までいろいろな神議りを行わうため、出雲以外では神々が不在になるためである。東と西の十九社は、出雲に集まった神々の御旅社、つまり宿舎であり、八百万の神の遙拝所を兼ねている。なお、出雲ではこの月を「神有月(かみありつき)」と呼ぶそうだ。

2012/7/18 22:22  [951-1531]   

出雲大社53 出雲大社54

造営中の本殿の屋根を写しました。

2012/7/18 22:44  [951-1532]   

出雲大社55 出雲大社56 出雲大社57 出雲大社58

1枚目は西の十九社(じゅうくしゃ)の北側です。
2枚目は氏社(うじのやしろ)で祭神は宮向宿祢(みやむきのすくね)です。
3枚目は氏社(うじのやしろ)で祭神は天穂日命(あめのほひのみこと)です。
4枚目は更に北にある社です。右上に本殿の造営中の足場が見えています。

2012/7/18 23:11  [951-1533]   

出雲大社59 出雲大社60 出雲大社61 出雲大社62

1枚目は造営中の本殿の屋根です。
2枚目は西の十九社(じゅうくしゃ)です。
3枚目は西の十九社(じゅうくしゃ)の東の広場を写しました。
4枚目は西の十九社(じゅうくしゃ)の西の広場を写しました。

2012/7/18 23:37  [951-1534]   

出雲大社63 出雲大社64 出雲大社65

1,2枚目は境内の西の門から神楽殿に行く途中にある石橋です。
3枚目は神楽殿です。本殿と同じように朝夕のおまつりの他、御神楽や御祈祷が奉仕されます。また全国には出雲大社教のおしえを広く伝えるための教会や講社がありますが、それら教会・講社に属する人々が揃ってお参りされおまつりを受けられることを「おくにがえり」と言い、ここ神楽殿でそのおまつりが奉仕されます。神楽殿はもともと明治12年出雲大社教が組織化された当時、その教化のために大国主大神さまを本殿とは別におまつりしたことに由来します。現在の建築は昭和56年に新築されました。その大広間は270畳敷きの広さをほこり、神社建築にはめずらしく、正面破風の装飾にステンドグラスが使われています。

2012/7/18 23:54  [951-1535]   

出雲大社66 出雲大社67 出雲大社68 出雲大社69

1,2枚目は神楽殿に掛かる注連縄(しめなわ)で長さ13メートル、重さ5トンの巨大なものです。
3枚目は神楽殿を南側から写しました。
4枚目左はおくにがえり会館です。

2012/7/19 20:04  [951-1536]   

出雲大社70 出雲大社71 出雲大社72 出雲大社73

1,2枚目は出雲大社境内に戻る道です。
3枚目は荒垣正門の銅鳥居です。
4枚目は銅製の神馬神牛像です。

2012/7/19 20:51  [951-1537]   

出雲大社74 出雲大社75

荒垣正門を出て松並木の参道の南方向を写しました。

2012/7/19 21:54  [951-1538]   

出雲大社76 出雲大社77 出雲大社78

1枚目は荒垣正門の南西にある社務所です。
2,3枚目は因幡の白兎神話の像です。

2012/7/19 22:36  [951-1539]   

出雲大社79 出雲大社80 出雲大社81

1,2枚目は松並木の参道の南にある石灯籠です。
3枚目は参道の途中東側にある浄の池です。

2012/7/19 23:09  [951-1540]   

出雲大社82 出雲大社83 出雲大社84 出雲大社85

1枚目は参道です。
2枚目は参道入口の勢溜の大鳥居です。
3,4枚目は参道入口の勢溜の大鳥居と灯篭です。

2012/7/19 23:53  [951-1541]   

出雲大社86 出雲大社87

参道入口の勢溜から南の神門通りを写しました。宇迦橋の大鳥居が見えています。

120430-30旧大社駅・出雲大社は以上です。

2012/7/20 00:01  [951-1542]   


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