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「縁側」-みんなが作る掲示板-からのお知らせ
縁側からのお知らせ

縁側をご利用いただく際のルール&マナー集を用意いたしました
ユーザーの皆様に楽しくご参加いただけるよう、主に投稿時の注意点などをまとめています。
ご投稿の前には必ずご一読をお願いいたします。詳しくはこちら⇒「縁側 ルール&マナー

紹介文

建ててみました。
取り敢えず、誰でも書き込める状態にしますが、刑事訴追の恐れがあるとかなら、ポリシー変更の権利は留保します。

今のところ、時事ネタがメインテーマです。

主張なら、ソースなり、論理なり、を明示して書いていただければ、と思います。
感想なら、できるだけ短くお願いします。
共に、ヒデェ(特に同じことの繰り返し)と思ったら、サクッと削除します。

なお、カメラ・写真の話は、基本的には、カメラスレでお願いします。ただし、写真論のような俯瞰的な話は、メディアスレでお願いしたいと思います。カメラ業界系の話は、カメラ板でお願いします。どうしても言うなら、銘柄ボードスレで(^^)/

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スレ主 ミッコムさん  

すいません。勝手に立てます。
興味のあるうちに継続したかったので、
めろん王さんの意思を捻じ曲げていたらごめんなさい。

@神は居ない
A意思は特別ではない

@神は居ない
僕も絶対的な存在は居ないと思います。
ただし、「ウサギとカメ」の話が「本当に起きたこと」かどうか関係無く
教訓を教える物語としては充分に役割を果たしているように
「神」が存在しようがしまいが本質的には関係ないと思います。
居たら素敵ですけどね。

補足すると「神」がキリスト教で言う神か、八百万の神か、上位概念の総称としての神か
このあたりの言葉の使い方は丁寧にする必要がありそうです。
僕の言う神は八百万の神です。

A意思は特別ではない

ここで言う意思とは端的に言うと「世界に影響を与えた超低確率な事象は『意思』か『たまたま』か」というもの。

僕も意思は特別なものではないと思います。寝たら意識なんて無くなるし、永眠という名の通り
死んだらただ単に朝目覚めないのと変わらないと思う。

意思とは人間の個を守る機能であり、多様性を生むシステムだと思います。
意思があったからこそ今の人類の繁栄があるのは間違いない。

その意思が上位概念に存在したら、世界は崩壊するでしょう。
独裁国家が続かないのと同じです。

2019/2/24 23:45  [2194-3371]   

 めろん王さん  

ミッコムさん、

正直、堂々巡りに突入しそうだなぁ、そろそろ潮時かな?とは思ってましたが続けるのはやぶさかではありません。
こちらこそよろしくお願いします。

@についてですが私は八百万の神という考え方は好きです。
古代の日本を始め、中国の春秋時代、古代ギリシャとかですかね。
それらを象徴というか世の理の擬人化した表現として見ると私はすんなり受け入れられますか。
それらを大切なものとして世俗的な部分や行動は別個に考えて哲学的な解釈を加えたものが儒教とか道教、一部の仏教という気がします。
そういうのは社会の成り立ちをスムーズにするし行動規範の元になる価値あるものだと思います。
否定してるのほ押し付けや決めつけが強い宗教です。

A意思について私が言ってるのはそんなに意味はないんですよね。
@とも被るんですが押し付けや決めつけが強い宗教は神の存在や奇跡が大前提ですからそんな訳ないじゃん!って言いたくなっちゃうんです。
常識的に考えて人(キリスト)が生き返ったり、海が割れたりする訳ないじゃないですか?
その辺を例えば日本神話のようにフィクション或いは事実のデフォルメを認めた上で語るならいいんですよ。
だけど霊魂とかもそうですけど証明しきれないのをいいことに好き勝手やって弱者の心につけこんだりするから拒否反応が出ちゃうんですよね。
心の指針として各々がやればいいのを自分達の理屈が正しいと整合性の成り立たない理屈で押し付けてくるのが嫌なんです。

2019/2/25 01:03  [2194-3372]   

スレ主 ミッコムさん  

> ビンボー怒りの脱出さん

> まあ結局のところ今の科学を否定しているわけではなくすべての事が物理現象で説明できたとしても=意志は存在しないという事にはならないと思うのです。

その通り。同時に意思があることも説明できません。
存在しないことを証明できない。これはなんと呼ぶかご存知ですか?

それって悪魔の証明をしろと他人に迫っているという事です。
出来ないことを知っていて他人に迫っているという事です。
存在しない事を証明させるのは不可能であることを知っていて求めてはいけませんよね。

話は全く逆で、あなたご自身が存在することを証明しなければならないんです。


> 私たちの体は自分で動かせる部分って体全体から言えばあまり多くはありませんよね。
> 自律神経ってやつですが脳が指令を出して体全体をコントロールしてますが、それと同じように宇宙全体も自動的にいろいろな作用(物理的現象)で動くようになっているように思います。そこにはいちいち宇宙を創ったものの意志が介在するってことは殆どないかと考えます。

うん。これは面白いですね。
例えば、テーブルとかモノに意思が宿るかもしれない。

> 私たち人間や動植物にも明らかに意志(心)というものが存在しているという証明で,それ以外のものに意志がないとかといえば、そうとは言い切れないかと思います。

魚が自分を認識しているってニュースありました。

> 地球上にある生き物みたいな形態だけに意志が存在するのかと言えばそれは人間の思い込みであって例えば地球や宇宙に意志があったとしてもあり得ない話ではないかと。
> 植物のように心も意思もないような感じがするものですが明らかにあるように感じますし科学者もあると認めているようですしね(全てではないかもしれませんが)

> ただ私たちが考えるような心や意志ではないのかもしれません。
> AIが高度に発展して例えば疑似的に意志みたいなものを持たすことができるようになるとは思いますが人間のような自分自身を認識できるような意志を持たせることは不可能かと思っています。

あれ?そうであれば、意思とは何ですか?
人間を生み出そうとか、原爆を落とそうとか、そういう事だと思っていましたが、
人間が知っている意思とは違う「意思」とはどのようなものでしょうか?

> まあそれに科学者にも何者かの意志の働きがあると考える人とそれを否定する科学者もいるわけですから物理的現象によるものだというのは数多くある中の一つの考え方なのでしょうね。

それでも、神の存在を説明できない事には話は始まりません。


> >たまたま論で説明つかないから神が居るってのは暴論だと思うんですけど?
> 神とははっきりとは言ってはいませんけどね。
> 何者かの意志の働きがあるということを言いたかったわけです。
> まあ私も説明がうまいほうではないですが,たまたまっていう事で結論付けてしまうと何でもたまたまで説明できてしまうような気がするので、それは理論でもなんでもないのではないか?と思われても致し方ないような気もします。

世の中のどんな現象や事件を「たまたま論」で説明しようとしているか不明瞭ですか?
何でもかんでもたまたまかんでも「たまたま論」で説明しているわけでは無いと思います。

例えば、原始の宇宙はヘリウムと水素です。それらが高熱(マグマよりもっともっと熱い)で
くっついて多数の元素を作りました。なので重い元素程少ないですね。

その中で炭素は我々生命が存在するのに必要不可欠な存在で、それは大量に宇宙に存在する必要があります。
ですが、宇宙の法則ではなぜだか、エネルギー準位というのが定数で決まっていて、質量数5と8は
存在しません。

質量数12の炭素が存在する為に、ヘリウムが2つくっついて8の物質がくっついても一瞬で崩壊します。
なのに、質量数12の炭素がこんなにも安定して大量にこの世界に存在しているのはまさに「奇跡」と
呼ぶしかない。※すごく大雑把に説明しています。

「たまたま」そのエネルギー準位で安定するという事が無ければ、人類は存在しない。
そのエネルギー準位で存在する理由は科学者は説明できていない。つまり、、、?

つまり、神とか上位概念と呼ぶ存在がそのような条件を操作していたと思いますか?
創世記で言うところの1日目に「神は天と地を作られた」よりはるか前に炭素を大量に作る
ルールを決める必要があったわけですが、そんなことを神や上位概念が意識してたと思いますか?

意識しておらず、「えいやっ!」と作ってしまわれたとすれば、その要素技術を支えていた
ほかの技術者が存在したと思いませんか?その神自身が知らずに使っていた力はどう説明できるんですか?

つまり、それは現代で言う経営者と技術者とか、営業と技術みたいな
聖徳太子が法隆寺を「作った」みたいな話になってしまいませんか??


つづく

2019/2/25 01:30  [2194-3373]   

スレ主 ミッコムさん  

つづき


> 正直言って日本の仏教についてはそれほど詳しいというわけではありません。
> 歴史についてもね。ミッコムさんのほうが詳しいのかもしれません。

間違いなくそうでしょうね。僕は一応その家系なので。

> まあ歴史的な興味みたいなものもありますので神社仏閣にはよく行くほうなんですが教えてしての仏教としては何の興味もないんですよね。

あなたが興味のある範囲でしか話ができないなら、議論は無駄です。
僕が聞き上手に徹するしか話ができないことになる。

> 原始仏教の釈迦の教えというのはキリストでいうと新約聖書みたいなもので仏教の聖典ともいうものですね。日本の仏教が原始仏教の正しきところを全然受け継いでないとはいいませんけどミッコムさんの話を聞いているとかなり日本の仏教に汚染されているなという気がします。
>

いや、持ち出すからにはちゃんと勉強してください。
じゃないと、議論の檀上に立てず、「私はこう思う」以上の事は言えません。
でもすでにめろん王さんの意見について物申しているわけですから、それは
是非を決める為の最低限の努力は負っているものと思いますよ。


> お釈迦様の教えにとって仏教の歴史的な事実というものは正直どうでもいいことで大事なのは教えを理解して実践することにあります。

いやいや、あなた自身がお釈迦様に説法を受けたならそれは説得力のある話です。
でも、インド仏教で修行したわけでも、日本でどこかで実践されている仏教の教えでも無いですよね?
ではあなたが語る「お釈迦様の教え」とは「誰の伝聞」なんですか?なんの確信があるのでしょうか?



> >宗教がこしらえたものは「神」ではなく秩序なんですよ。
> >それが「神」に偏るからおかしなことになるんです。
> これが分かっていて肝心なことが分からないとは不思議な気もします。
> 前にも書きましたが仏教にしろキリスト教にしろ哲学としての宗教ではなく教えとしての宗教を学んでほしいと思います。さすれば全然違うものが見えてくると思いますけどね。
>
> まあ私も全部見えているかといえば全然そんなことはないのですが。
> ちょっとだけ垣間見た程度であります。
>
> あと私はあまり説明はうまいほうではないのでそこはご容赦ねがいます。


僕の方では、あなたの言うことを理解しようとする努力は常にやります。
同時にあなたの方でもちゃんと説明しようとする努力を怠らないでほしい。
つまり、「ちゃんと説明できないけど、理解しろ」という態度では困るのです。


2019/2/25 01:30  [2194-3374]   

スレ主 ミッコムさん  

めろん王さん

よくわかります。
でも実際にキリスト教の敬虔な信者にお話しを聞くと、すごく真摯な気持ちなんですよね。

だから、その押しつけがましさはめろん王さんの中で醸成されたか、出会う人が悪かったのか。

信徒 と 宗教団体
主観 と 客観

こういう区別が出来ている事さえ確認できれば
あとは好きにしたらいいと思っています。

ちなみに、もう少し「意思」というものをご説明いただけると嬉しいです。
繰り返しになって構いませんのでお願いします。
過去のレスを読み返すのがつらくて、、、w

2019/2/25 01:38  [2194-3375]   

スレ主 ミッコムさん  

> 阪神あんとらーすさん

> 向こうのスレで反論を頂き色々考えて見ましたが、自分の思いを正確に伝えるのは難しいですね、
> 人が独裁国家や宗教を作ってはならないと言うのは文明の発展を考えればと言う事です、

もう少しご説明いただけませんか?
現代でも独裁国家は多数存在しますが、その何が問題ですか?
戦争をしているのは民主国家のアメリカです。

> 江戸時代は戦争は有りませんでしたが、文明的には抑圧された暗黒時代でしたし、

そうでしょうか?具体的に誰が抑圧されていたんですか?
日本が文化的に評価されているのはほとんど江戸の文化だと言っても過言じゃないと思います。

> 今の基本的人権が何故大切かと言いますと、私が思いますに多様性が文明科学の進歩に不可欠な物では無いかと思うからです、
>
> 確かに困難な有る時代では人のエゴが蔓延し独裁的な力が必要だったかもですが、
> それは過渡期的な事でなければならず、
> 人類の生存の為には、人の精神的な進化と科学の進歩の両輪が必要不可欠ではないでしょうか、

> それから絶対的な力は神にのみ許されると言いましたが、
> 全能の神が居ればの話です(=^・^=)。


すいません。具体的な話が見当たらずいったい何をおっしゃっているのか全くわかりませんでした。
基本的人権が文明化学の進歩に不可欠って、一体なんのことを指しているんですか?
基本的人権が認められた社会でどんな文明と科学(化学?)が進歩したのでしょうか?


2019/2/25 01:55  [2194-3376]   

スレ主 ミッコムさん  

僕の態度についてあらかじめちょっと断っておきます。
議論を続ける為です。

僕はKYです。空気を「読まない」。そういうことを心がけています。面倒だし。
僕は書き込まれた「意見(言葉)」を相手にしています。意見を言った「誰か」が相手ではありません。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ではなく、単にその意見自体の曖昧さ不明瞭さ矛盾に苛立っているだけです。
「なにそれ?いみわかんねー」以上でも以下でもありません。
僕の相手をしてくださる方に対し、感謝しかありません。


多分飲みに行ったら、誰とでもすごく仲良くなれる自信があります。酒飲みだしw

なので、僕の言い様がどんなに失礼でも、その意見に真摯に全力でぶつかりますので
あらかじめご了承いただき「飽きずに」レスいただけると幸いです。

2019/2/25 02:19  [2194-3377]   

ミッコムさん
>その通り。同時に意思があることも説明できません。
>それでも、神の存在を説明できない事には話は始まりません。
逆もまた然りということですね。

>人間が知っている意思とは違う「意思」とはどのようなものでしょうか?
さあその人の考える意志の定義よって違うのでしょうね。
釈迦は子供の頃から大きくなるに連れて自我の目覚めるとともに自己を認識するようになると言う話をしていますのでこれがある意味人間の言う意思というものではないでしょうか。
ただ自然全体を見てみるとこれもある意味意志みたいなものを感じますが、これは人間の持っている意志とは違うように思えます。もちろん確かめたわけではないのでわかりませんが。

メロンさんにも説明していますが科学者は必ず、ある起点を基準に理論を考えますが現段階で観測とかデーターにより可能性があるとしても、それが実際に宇宙創生のときに同じ現象が起きたかという確実なデーターはないわけです。それに上にも書きましたが宇宙論っていくつも存在するわけですからね。証明できていればいくつも存在はしないのでは?と思いますが。

その神と言われる上位概念が操作していたかはもちろんわかりません。
ただ物理的現象だけでそれがなし得たかということも証明はできていません。
というか答えが出ていないことを言い合っても結局は話は平行線で水掛け論になるだけだとおもいますけどね。とともに私はメロンさんの言っていることは否定はしてないと言っているはずです。

>議論は無駄です。
正直無駄だと思いますよw
あと今の日本仏教と言い争うつもりは全然ありません。

ただ大雑把に言えば釈迦の教えというのは今までの己(自我)を捨て八正道というものさしで今までの自分の人生を反省して心の目を開き仏の教えに帰依することをいいます。
ただ教えとしての定義を書けというならまたちょっと違う意味なのかもしれませんがお釈迦様の弟子になって最初にやることはという意味で書いたつもりです。

それが最初の教えられることでありいちばん重要なことです。
ただ弟子になるための試験みたいなものがあり仏法僧に帰依できるか、つまりブッダ(仏)に帰依するかタルマー(法)に帰依するかサンガー(僧)に帰依するかの条件を満たしたものでなければ正式のお釈迦様の弟子になることは許されません。
教えについて全部書くと時間がかかります。正直ちょっとめんどくさいですしそこまでする義務はないように思います。

どちらが正しいかなんて言い合うつもりはありませんしね。
釈迦の教えはそういうものではありませんし言い争った時点で釈迦の教えではなくなり自己弁護のための我欲でしかありません。
ただ釈迦の教えは今の日本の仏教にも教えとしては残っていますし私が知る限りでは曹洞宗で同じような修行はしていたとおもいますけどね。ただその教えをどのように理解して実践しているかによっても結果も全然違ってくるということだと思います。

あとすこし失礼な言い方をして大変申し訳無いとは思ってはいます。
正直宗教話になるとちょっと暴走気味になって失礼な物言いになってしまう方なので最近は控えていたのですが。


2019/2/25 03:06  [2194-3378]   

ミッコムさん
スレ立て、ありがとうございます。(^^)
めろんさん、参加者の皆さん
活発で進展のある議論を、よろしく、お願いします。

2019/2/25 06:15  [2194-3379]   

 めろん王さん  

ミッコムさん、

>だから、その押しつけがましさはめろん王さんの中で醸成されたか、出会う人が悪かったのか。

前にモルモン教の宣教師が「牛でも羊でも人間以外の動物は神様が人間の為に作ったのだから人間は好きに使っていい」と言ってました。
私は「じゃあ遠い将来にロボットに自我を持たせることが出来たら作り手である人間はロボットに何をしてもいいのか?私はダメだと思うし創造主だからといって心を自由に扱うのはダメじゃないか?」と聞いたら全てを決める権利は神様にあると繰り返すばかりでした。
私は受け入れられませんでした。
他で聞いたり話すこともありましたが他の宗教も似たりよったりでした。

意識についてですが、私の考えは細胞の欲求を集積化した結果起こる創発という現象です。
一つ一つの細胞は原始的な欲求?(と言っていいのかな?)を持っています。
胃なら食べ物がないから食べたいとか肺なら苦しいから運動の強度を緩めろとか。
それらが脳細胞と連絡を取りながら脳細胞がある程度集約して欲求として意識を発信します。
その意識は数十、数百に及びそのうちの1つだけが採用され個体としての意識となります。
だから私の考えでは意識は1つではなくて(代表として具現化するのは1つだが)自覚しなかった幾多の意識があることになります。
更に含めると大腸菌などの微生物の欲求も含めた代表が自我だと思っています。
そう考えると脳組織や身体の一部が欠損したり老化した場合に性格が変わってしまうことも受け入れられるのです。
全て含めてその時のその人なんだなと。
それらは細胞の集合体から生まれる創発ですが、蟻などに見られるように個体の集合としての創発。
それを人間に当てはめた場合にはユングの集合的無意識になったり、生物全体で考えるとガイア理論になるのかも知れません。
宇宙全体だと神ということになるのかな?
なので【たまたま】という表現も全体では調和させる力が働くとしても個として見た場合はたまたまになるって感じですかね?
そういう考えなので自然に対する信仰などは受け入れやすいのですが人に都合がいいと私が思ってしまうものは拒否してしまうんです。

2019/2/25 08:45  [2194-3381]   

 めろん王さん  

@について補足です。

私の疑問をぶつけ続けてたら宣教師は「疑問を持たないことは難しいけどその難しいことをすることに価値がある、それが信仰というもので価値があり神様への信頼だ」と言いました。
それでも納得出来ないと言い続けてたら、「貴方は創生の時に逃げ出した魂かも知れない、そういう魂は少ないけれども存在していてその魂はどんなことをしても救うことが出来ない、その魂を悪魔と呼びます」と言われました。
考えないことが信仰だ。
貴方は悪魔だから話しても無駄だ。
と言われたら何も言えませんよね。

2019/2/25 08:50  [2194-3382]   

 めろん王さん  

何度もすいません。
Aについても補足ありです。

たまたま論議についてですが、大きなククリでの調整力が何を選択するかは可能性として幾通りかあると思っています。
脳の創発の話を書きましたが数多の意志のうちの1つを選択するが数多の意志の運命が最初から決まっているのではなくて都度、選択される。
そんな感じです。
数多の意志が起こることは必然ですが、そのうちの1つが選ばれるのは偶然というかその場その場の状況に影響されると思っています。
なのでその時、その場での私の意志はたまたまなのです。

2019/2/25 09:27  [2194-3383]   

スレ主 ミッコムさん  

ビンボー怒りの脱出さん

>それでも、神の存在を説明できない事には話は始まりません。
逆もまた然りということですね。

逆、、、?逆とは一体どゆこと?
存在しないモノを「存在しない」と証明出来ない。と言ったのです。
『逆もまた然り』とは神の意志の存在証明は悪魔の証明だと認めるという事であり、存在しない事を認めているという事になっちゃいます。


> まあ結局のところ今の科学を否定しているわけではなくすべての事が物理現象で説明できたとしても=意志は存在しないという事にはならないと思うのです。

科学ですべてを説明出来たら「たまたま論」は無くなりますよね?
説明出来ない事は無くなりますから「たまたま論」を使う必要がありません。
逆とは一体何のことでしょう?

2019/2/25 09:43  [2194-3384]   

ミッコムさん
言葉のとおりです。
そのとおりですね。という意味で言ったつもりです。
まあ、わたしも人のことは言えませんがミッコムさんの言っている事がちょっと分かりづらい所もありますので
ミッコムさんが求めている回答で無いこともあるのかもしれません。

2019/2/25 10:05  [2194-3385]   

たまたま論については、めろんさんの回答でそういう印象を受けたという話で全ての科学者がたまたまなんて、言うことを言っているとは一言もいってません。

たまたまって言葉の印象もあるのかもしれませんが、まあめろんさんの言うたまたまというのは偶然による可能性の話をしているという事はわかっていますし分かってない事に延々議論することは無意味だと思いますしね。
そういう類いの話も何度かしているはずです。

私らで分かることならとうの昔に科学者が発見していることでしょう。




2019/2/25 10:22  [2194-3386]   

 ネオパン400さん  

ミッコムさん
スレ建てお疲れ様です。


ビンボーさん
あなたを見ていて思うのですが、ご自身の体験や感覚が元にあると、後から多少知識が増えたり情報が訂正されたりしても信仰そのものは揺るがないようですね。
これが親から教えられたとか教団の教えが真理と思っていると、今までの知識と整合性を保っている限りは問題ないのでしょうが、世間の例えば科学や歴史などを学ぶと信仰は怪しくなってきます。新たな知識と信仰との間で直接何らかの調整が必要になって来るからです。
でも、自身の原体験と言うものは何が変わっても変わらない訳で、ビンボーさんの強さはそういう柱をお持ちだからなのだろうなと思いました。


めろん王さん
宣教師を撃退しちゃったみたいで、凄いですね。

>私は「じゃあ遠い将来にロボットに自我を持たせることが出来たら作り手である人間はロボットに何をしてもいいのか?
>私はダメだと思うし創造主だからといって心を自由に扱うのはダメじゃないか?」
>と聞いたら全てを決める権利は神様にあると繰り返すばかりでした。

神に有るのは、権利ではなく力だと思います。現代人の感覚で権利っつうとややこしいです(多分ありません)
ただ、ロボットの喩えをちょっと借りますと、現実問題持ち主だから何でもしていいという訳でも無く、かといってロボットも何でも許されるという訳でも無く、どちらの側も超えてはいけない一線というものが有るかと思います。
同じく、キリスト教の神の場合も神だから何でもしていい訳では無く、人もそうで、それは禁断の実という枠組みで表現されていたりします。

他にも質問をぶつけておられたみたいですが、その宣教師を困らせた質問がどんな内容だったのか興味有ります。

2019/2/25 11:38  [2194-3387]   

 めろん王さん  

>宣教師を撃退しちゃったみたいで、凄いですね。

撃退っていうか、応酬話法なのかな?良くできてるな?って感心しました。
だって詳細は言えないけど信じろ!
それが信仰だ!
って言われちゃうと疑念すら起きないんですから。
どうしてもなびかない者を切り捨てる準備もされてる。
なるほどなって思いました。

>他にも質問をぶつけておられたみたいですが、その宣教師を困らせた質問がどんな内容だったのか興味有ります。

全て正確に覚えてる訳ではありませんが、
真理は1つであり書き換えることが出来ないなら翻訳もしちゃダメなんじゃないか?とか、
一夫多妻は経済的救済だったと言うのでそれも時代によって変わるのは真理って言っていいのか?とか、
普通のことです。
あと何か言ったと思いますが狭い領域のことなので長くなっちゃいます。
私が見放された(笑)のは面倒くさくなったんでしょうね。
もう一人の気が長そうな宣教師は複雑な表情でしたから。

2019/2/25 12:30  [2194-3388]   

ネオパン400さん

ありがとうございます。
釈迦の教えは人が道を踏み外さず正しい道を歩むための指針でもあります。
人が苦労や悩みから開放されて幸せになるためにはどうしたらいいのかといえば釈迦の教えるは八正道という教えを実践することです。

正しく見ること、正しく思うこと、正しく語ること、正しく仕事をなすこと、正しく正しく生活すること、正しく道に精進すること、正しく念ずること、正しく定に入ること、の8つあります。今まで生まれて自分の培ってきた考えを捨て八正道に照らし合わせて自分時自身の今までの人生を悔い改め実際の生活のおいても八正道照らし合わせて生活をしていきます。

コレを行うことによって自分の心身は調和され苦労や悩みから開放されるということです。
簡単に言えば人はなぜ悩みから開放されないのか色々なものに執着を持つからです。
釈迦は悟る前に生老病死の事で悩んでおり生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病の苦しみ、死ぬ苦しみ、なぜ人間はコレほど悩みが多いのかということを疑問にもっていたそうです。

執着から離れるのは足ることをしる生活を送ることで物に対する執着を無くしていきます。
現代社会はものが溢れかえっている社会で、お金がほしい、女がほしい、ゲームがほしい、カメラがほしい、と物の執着から離れられないような生活を送っています。

これから生じる悩みがあるということは皆さんにもわかるかと思います。
じゃあこれらの悩みをなくすにはどうしたらいいか欲しいと思っていることを全部止めることで足ることを知る生活をするとともに日々の生活を悔い改めるために八正道を実践することでもあります。

宗教が時代に合わせればいいという人もいますが釈迦の教えはもともと既に完成された教えで、その時代や都合や、個人の主観によって変わるものではないですね。
むしろ時代とともに仏教は時代の都合(その時の権力者の都合)とか仏教に対する個人の主観によって変わっていき全く別なものになってしまい日本においては死人に引導を渡すだけの煙たい存在に成り下がっているように思います。

日本の仏教は駄目だとはいいましたが各宗派の経典の中にはお釈迦様の教えは伝わってはいます。ただ何を言っているのか理解ができても活かし方がわからない人が多いのかもしれません。
哲学化してしまって難しくなってしまったというのもあるのかもしれません。

じゃあみんな坊主みたいな質素な生活を送らなければならないのかといえばそうでもありません。もちろん今までに比べれば足ることをしった生活を送らなければならなくなりますが全体がそういう生活をおくるようになれば物不足で一部の国が潤って一部の国は貧困に悩むということがなくなると思いますし国同士で領土や資源を取り合って悲惨な戦争を起こすこともなくなります。

ただ今の資本主義の考え方ではとてもむりな相談かと思いますが少なくとも自分のことは二の次でお互いに相手のことを思うようにするだけでも今の世はかなりよくなることかと思います。それもある意味、釈迦の言われる中道の道であり調和の道でもあるかと思います。
人類全体がお互いに譲り合うという気持ちがあるだけでもかなり世の中はよくなると思います。

釈迦の言っていることは本当に当たり前のことを言っているだけで、どうやったら平和になるかということは皆さんでもある程度は分かることかと思います。すくなくともジャイアンみたいにお前のものは俺のもの俺のものは俺のものといっている間は平和になるなんてことは無理なことかと思います。

科学ももともとは調和を目指すものであると思いますし科学が進化するほど真理に近づくと思いますし登る道は違えど科学もいずれは真理が何かを知ることになるかと思います。

ちなみに私も若い頃にモルモン教会にいったことはあります(勿論勧誘で)
やっぱり神が言うのだからと意味のわからないことをいって大好きなコーヒーを禁止(これが一番の理由?)しようとしたので速攻やめましたw

釈迦は強制はしません、神だから教祖だから崇めよなんて言うことも一切いいません。
苦しみから開放され幸せになるためには自分で努力しろっていうことで他にすがろうとする考えは否定すると思います。

お金持ちになるためには自分で努力しないと駄目でしょう。
やることは真逆なことですが努力しないとだめだって言うことは一緒のことですね。

ただこんな説明をしてもそんな事で苦しみから開放されるのか?と疑問に思う方も多いかと思いますがコレばっかりは実際に実践してみないと分からないことでもあります。
まあ私の説明が下手なので分かりづらいかもしれませんが説明しただけで分かる人は凄いかとおもいますね。

2019/2/25 13:07  [2194-3389]   

 めろん王さん  

もしかして私のことを攻撃的な人種だと思っている人が増えてきてるのでは、、、
いい機会?なので人間的な機微?について少し、、、
閑話休題?
宗教論とは関係ないので私の人となりに興味がない人は読み飛ばしてください。

上で書いたモルモン教の宣教師と出逢ったのは私が高校生の頃なので30年程昔の冬でした。
当時好きだった映画「オネアミスの翼」のロケット発射シーンのように雪が舞い降りて空を見上げながら映画の主人公と自分をダブらせて感傷に浸っていました。
そんな時に私に声をかける人がいました。
それがL兄弟と呼ばれていたモルモン教の宣教師でした。
少しの雑談をした後に彼は教会に遊びに来ないか?と私を誘いました。
「オネアミスの翼」という映画の主人公が映画の中で教会に通うシーンがあります。
感化されていた私は二つ返事でOKします。
とはいえ一人で行くのは躊躇われます。
考えた末に私は一人の友人を誘いました。
その友人は少し変わっていて普段の会話でも神様について語ることがあったからです。
アメリカ人のペンフレンドと文通していたので英語の成績だけは良かったのですが宗教についても影響を受けていたようです。
私と友人は教会にいきます。
私もビックリしたのですが細川直美や牧瀬里穂(当時の私の好み)にも引けを取らないほどの美少女がいたのです。
私のテンションは上がります。
当時の私は控えめに言ってもモテる方で交流を持つことが出来ればなんとかなる(何が?)と思ってました。
しかしT姉妹と呼ばれていたその少女と話すことは出来ませんでした。
男女で教え合うことは出来ない決まりらしいです。
それでも一縷の望みをかけて通っているうちに少しずつ会話が出来るようになりました。
そんなある日、翌週の催しで演奏するはずだったピアノ奏者の都合がつかないというプチトラブルが発生します。
私は楽譜も読めないような人間です。
縦笛だって親指を半分開けるシの音を上手く出せません。
期待されても何も出来ません。
私の友人も見るからにダサい感じで学校では中心グループからバカにされていました。
しかし私にとって衝撃的なことが起こります。
その友人が、どこかで格下に見てた友人がピアノを演奏し始めたのです。
最初はテレサ・テン、次にジョージウィンストン、そしてついにはクラシック?を弾き始めました。
正直、コイツオカマみたいだな?って思ってましたが、私が想いを寄せる少女の態度を見て私の気持ちは蔑みから羨望へ変わり最後には激しい嫉妬へと変化しました。
彼女は正に漫画の描写のように両手を組みイエス・キリストでも見るような目で友人を見つめていたのです。
見下していた(人として最低ですが当時の偽らざる気持ちです)人間に負けたということも拍車をかけたと思います。
これまでに味わったことのない敗北感、、、
私の教会通いは終わりました、、、

それとは別に宗教のことを理解しようとしたのは真面目な気持からです。

2019/2/25 17:21  [2194-3391]   

□ミッコムさん、まずは宗教スレ立て有難う御座います、御礼を申し上げます



さて、初っ端から申し上げないんですが「お願い」が有ります
「PART1」ですが、どれもこれも文章が長過ぎて、とても読めません

ですから、PART1は読んでいない、という前提で書き込みたいんですが、良いでしょうか?
良ければ、そういう事でお願いします



□以下、質問です


>@神は居ない
>僕の言う神は八百万の神です

普通、神と言えば「GOD」即ち全知全能の神を指しますね

なのに「何故、八百万の神なのか?」何か、意味が有るんでしょうか?
「簡単」に答えられるようであれば、お答え下さい

出来なければ、構いません、気にされないで下さいね


>僕も意思は特別なものではないと思います。寝たら意識なんて無くなるし、永眠という名の通り
死んだらただ単に朝目覚めないのと変わらないと思う

要するに「死ねば、意識はなくなり存在そのものも無くなる、だから当然、来世など有り得ない」

こういう事でしょうか?



※長くなり鬱陶しいでしょうから、3分割にしたいと思います、御了承の程、願います

2019/2/25 19:40  [2194-3395]   

□ぷりんさん


>もしかして私のことを攻撃的な人種だと思っている人が増えてきてるのでは、、、

はて、貴方が攻撃的? またおかしな事を/

洒落のつもり???


長い付き合いですが、唯の一度たりとも思った事はありません
攻撃的の真逆ではないでしょうか


もし彼を攻撃的と思われる方がおられるようでしたら、長い付き合いの私が直径「3km」ぐらいの
太鼓判を押したく思うのであります



>宣教師とのロボット自我問答

読んでて思ったのは「白人は勝手だな」という事ですね
昔、アメリカ映画だったかな、よくこんなシーンがありました

「貴方は、エゴイストよ!」

こう言って、お互いに非難し合うんですね
何の事はない、お互いにエゴな上に思いやりがないから、そうなってしまう


宗教もそうで、幾ら、良くても信者が駄目なら、その程度になってしまう
だから、信心の際は、特に真摯な姿勢で臨まなければいけないのかもしれませんね

って、偉そうには言えませんけどね・・・(^_^;)



ちなみに、我が国へ来たキリスト宣教師は、布教の際、日本人にやり込められたらしい


宣教師「キリスト教を信じれば、天国に行けるんだから信じなさい」

日本人「そりゃ〜良い!・・・しかし、死んだ自分の親は、どうなるのか?」

宣教師「いや、死んでしまった者には関係ないから天国には行けない」

日本人「自分だけが天国に行く? そんな勝手な事は出来ない、それに、そんな勝手な事は、おかしいじゃないか」

宣教師「・・・」



こんな感じで、布教は上手くいかなかった、とか・・・

宗教関係で、またそういう逸話?があるようでしたら、書き込みの程、是非、お願いしたいです/~~~

2019/2/25 19:44  [2194-3396]   

□ビンボー怒りの脱出さん


仏教への御理解、それで合っていると思います
それに、信心に対する強い信念がおありのようで感心します


しかし、皮肉な事に仏教的な人生を歩んでいけば・・・

「清く・貧しく・美しく」
今の時代は、こんな事は出来ませんからね

では、どうすれば良いのか?

この問いに対する名案はない、だから、仏教は今、否定?とまではいきませんが
行き詰っているのではないでしょうかね


「ムヒカ大統領が、日本人は幸せなのか?」
という問いかけがあったようですが、この事を仰ってるんでしょう

生き方が根本的に間違っている、さて、どうしたものですかね・・・


しかし、我々日本人には長年に渡り仏教を信じて来た「歴史」が遺伝子に刻み込まれている
それは、まだまだ滅んでいない

世界が荒れていった時には、その遺伝子を元に仏教精神が復活するのかもしれない
その時、ひょっとして我が国は「お手本」を示す運命があるんじゃないか?

そんな事を思ったりします・・・

2019/2/25 19:47  [2194-3397]   

スレ主 ミッコムさん  

>ビンボー怒りの脱出さん

>言葉のとおりです。

僕が説明しよとして欲しいとお願いしたのは、お釈迦様の教えではなく、あなたの考え方です。
言葉通りで分からなかったから質問したのです。

今あなたは一方では「意志はある」と言い一方では「意志は存在しない」という理屈に同意しています。

また、「意志」とは何か?と言う問に対し「人それぞれ」と答えました。

総じてご自身の頭で考えたご自身の言葉を一切使われていません。
僕はお釈迦様ではなくあなたの考え方を教えて欲しいと言っているのです。

お釈迦様の受け売りじゃないご自身の意見です。
それを表明して初めて議論が可能です。

めろん王さん

意志について

例えば、世の中には我慢して不食し、死に至る人がいます。
若しくは、体の要求を超えて食べたり寝たり、食べなかったり寝なかったりします。

そういうのはどう理解されていますか?

2019/2/25 20:16  [2194-3398]   

ミッコムさん
>「意志はある」と言い一方では「意志は存在しない」という理屈に同意しています。
説明が悪かったのかもしれませんが認めてはいませんよ。
メロンさんの物理的な現象については一部はみとめていますが意思があるかないかについては認めていません。だから揉めたんでしょう。

ミッコムさんってカメラ版ではもっと温厚な方かと思いましたが物凄い攻撃的な方だったんですねぇw

2019/2/25 20:36  [2194-3401]   

スレ主 ミッコムさん  

皆さんよろしくさん

>短め

同意ですね。読み辛い。


>何故、八百万の神か?

全能者は論理的に否定されています。
誰にも持ち上げられない石を作れるか?
持ち上げられなくても、作れなくても全能ではなくなる。

なら全能という設定は横に置くしかなく、
晴れて八百万の神の仲間入りという訳です。


>要するに「死ねば、意識はなくなり存在そのものも無くなる、だから当然、来世など有り得ない」

死ねば、ではなく、死ななくても意識は無くなる場合があるという方が「意志は特別ではない」事の証左だと感じます。

2019/2/25 20:38  [2194-3402]   

 めろん王さん  

>例えば、世の中には我慢して不食し、死に至る人がいます。
若しくは、体の要求を超えて食べたり寝たり、食べなかったり寝なかったりします。

>そういうのはどう理解されていますか?

断食して絶命するというのは生物本来の欲望(ハード)ではなくてそれらを調整するソフトの機能だと思います。
死を選択する原動力は脳細胞の欲求だと思います。
生物本来の行きたいという欲求を上回る欲求は先天的なものではなくて後天的なソフトの上書き、そして細胞の意志の発言パターンの変化があると思います。

もう一つは人体内で共生している細菌かウィルスの感染。
それらの司令によるものと思います。

或いは両方。

2019/2/25 21:19  [2194-3404]   

 めろん王さん  

すいません、誤字が酷いので書き直させてください。

上の例だと【知的欲求】と【肉体的欲求】の二種類の欲求のせめぎ合いがあり最終的に【知的欲求】が上回るものと思います。
それらを量りにかけるのが欲求の取捨選択の役割を担う脳のソフトだと思います。
ソフトは中央センターのようなものが統括するのではなくてそれぞれの細胞の相互通信によるもの。
ホストコンピュータではなくてインターネットのようなイメージを持っています。
ソフトは人間が社会経験を積む過程で上書きされていき【肉体的欲求】よりも【知的欲求】により大きな影響を及ぼし【知的欲求】を発現する脳細胞の活動を変えるのだと思います。

それともう一つの理由は細菌やウィルスからの命令があると思います。

2019/2/25 21:33  [2194-3405]   

めろんさん
>攻撃的な人種だと思っている人が増えてきてるのでは
私はそういう印象は受けていません。
むしろ攻撃的な人が多い中(私を含めて)では比較的紳士的な回答が多いと思います。
たぶん文章を見てみると人の感情を逆なでするような尖った言葉がないせいかと思います。
何を言っているのか分からない難しいことを言う人が多い中で文章も整理されておりわかりやすいですしね。
お前もだろ(゜д゜メ)

モルモン
出会いが悪かったのでしょうね。
宗教に関しては出会いによってその道に進む人と進まない人が出るのはいろいろ理由はあるかと思いますが宗教に対して誤解した(とは思ってないと思いますが)ことで、その道を去る人も非常に多いと思いますがそういう宗教が溢れているのは事実で致し方ないことだと思ってます。
私も若い頃に普通のキリスト教会とかおっ様(お坊さま)とも何人か話しましたが至って誰にでも理解できる言葉でマトモな事を言う人もいましたね、そういう人たちは真の意味でキリストや仏教を理解している人たちだと思いました。


皆さんよろしくさん
>「清く・貧しく・美しく」
ええ上にも書きましたが資本主義、物質主義では釈迦の唱えるような生活は非常に難しいことだと思います。お金や物に依存仕切っている現代人ではとても無理だと思います。私も一時的にはそういう生活を考えましたがとても無理だということがわかり挫折したほうです。
釈迦の教えを理解することは山で言えば富士山に登ることと例えれば実践をすることは真冬のエベレストに道具なしで真っ裸で登頂することと一緒だと思っています。

それほど実践は困難なことだと思います。当然ヘタレの私では無理からぬ事でしたw
ただ最近では考え方が変わってきましたね。
人がみな、そんなに厳しい修行に耐えれる訳ではないので自分でできることを一つでもやるということが少しでも釈迦の教えにおえるのではないかと考え方が変わってきました。
まあ何もやらないよりかはいいですしね。

そういえばお釈迦様の弟子で私は立派なお弟子さんみたいなことはできないと言う方がいて「あなたができること得意なことはなにか?」と聞かれ掃除ができますといい、じゃあその掃除を一生懸命やることだといわれ、明けても暮れても掃除をするようになり精舎はピカピカになったようです。其の不器用なお弟子さんも阿羅漢の悟りを得たという話です。
私の記憶で書いていますので正確でないかもしれませんがだいたいそんな話です。

ただ見た目のこと(貧しさ)の事を言われているのならそれは間違いかとおもいます。
釈迦の教えを実践している人は現代でもいるようですが勿論普通の人に比べれば贅沢な生活をしてませんが見た目はいたって普通の生活をしてるようです(車も持っていたようですが勿論生活に必要だからです) まさかバラック小屋でボロボロの服を着て生活をするイメージでもあるんでしょうかw

釈迦の時代は王様とか貴族いがいの上流階級以外は貧しい生活を強いられている人もいて信仰心のあつい人たちがいたということもあったということもありますが元々物なんて言うものは必要最小限しかありませんでしたし(何もしなくても質素な生活w)ものに対する執着も殆どなかったのでしょう。そういう恵まれた修行の土壌があったからこそ釈迦以外の弟子でも悟りを得た人たちが沢山いました。

悟りには段階があって上から如来、菩薩、阿羅漢(其の下にもあるようですが大雑把に三種類)修行が進むに連れて上の境地に達するのですがほとんどの弟子が初期段階の阿羅漢、でお釈迦様の弟子では菩薩級の方が多かったようです。もちろん中には釈迦の同じ如来級の段階に進み弟子もいました。

ただあとの時代で悟りの段階まで達した人が殆どでなくなったのはやはり釈迦の教えにたいして正しい知識が伝わらなかったことが大きいのかと思います。なので死ぬような思いをしても悟りを得ることのできない修行僧が多かったようです。

まあいずれにしても今の資本主義、物質主義の考えでは人はいつまで立っても様々な苦しみから逃れることはほとんど不可能かと思います。苦しみがないとしたら自己満足の何者でもないことかと思います。


そういえば適度な断食だと病気をしなくなり健康になるという話を聞いたことがあります。

2019/2/25 21:43  [2194-3406]   

スレ主 ミッコムさん  

ビンボー怒りの脱出さん

>温厚

それは買い被りすぎです。割と過激でしつこい部類だと思いますよ?
僕のせいで価格コムを卒業宣言された方も過去にいますから。


>説明


「神が存在しない事を証明できない」に同意するというのは、
「神が存在しない」ことが共通の認識であるのが前提です。
「神が存在する」なら「神の不存在が悪魔の証明である」とは同意できません。

神が存在しない派にとっては、存在しないことを証明できない事が自明です。
神が存在する派にとっては、存在する事を証明できる可能性が残っています。
わざわざ不可能に挑戦する必要は無いよね?というのが僕の指摘です。

それに対し「逆も然り」というのがビンボーさんの答えです。

逆とはなにか?と聞くと「言葉どおり」と答え、
それでは分からないというと、「説明が不十分だ(悪か)ったかもしれない」
というのがビンボーさんの答えです。

だったら説明してよと何度も言っていますよね。
説明できないのかな?それとも、説明したくないのかな?

2019/2/26 00:11  [2194-3410]   

スレ主 ミッコムさん  

めろん王さん

・【知的欲求】と【肉体的欲求】の二種類の欲求のせめぎ合いがある。

おそらく、意思が特別であると感じておられる方々は【知的欲求】を重視しているのではないですか?
【知的欲求】しか知らなかったというのが正しい気がしますが、、、。

でも【知的欲求】を認めるなら、「肉体が発する無意識から発現するだけが意思ではない」
「意思は特別である」と言えてしまいませんか?

「意思は多様性や自己防衛のシステムである」とすれば
肉体が生む欲求では説明のつかない不合理な行動も多様性だと説明がつく気がします。

ちょっと大雑把ですかね。

2019/2/26 00:27  [2194-3411]   

>逆も然り
言葉の使い所が間違っていたということでよろしいでしょうか。

一応自分の云いたいことはメロンさんのところで話していますので読み返してみてください。
ミッコムさんご自身が納得出来ないのは勝手ですが自分では納得して話していますのでソレ以上言うことはありません。

以上

2019/2/26 00:30  [2194-3412]   

スレ主 ミッコムさん  

前スレに書いた事ですが、個人的には神は存在しないだろうと思っています。
でも居たら素敵だなと思っています。もちろんその神とは八百万の神で、
見えない隣人、妖精と呼んでも良い存在です。

その妖精なり神の言葉を聞くことができる存在が居て
例えば物理世界に影響を与える事ができるなら、
それはもう神が居るとして良いと思っています。

例えば、雨を降らせるとか、ね。

転じて僕らがこの世界を生きる上で、他人には理解できないが
良く生きる為の法則がありますね。
処世術とか、コツとか呼んでいるモノです。

それを神と読み替えても問題ないのではないか?思います。
つまり、第三者と神を共有する必要があったのは宗教が全体の救いと
なろうとしたからであって、個人の閉じた世界の中で外の世界と決別するなら
神も特別な意思も、来世もすべてが存在可能です。全能である事も可能でしょう。

僕にとって僕が僕であるという認識は、外から見れば単に生命の維持装置であり、
中から見れば唯一無二の特別で重要な意思です。

それですべて矛盾なく説明できると思いますがいかがですかね?


皆さんよろしくさん
これでも短くしようとしてるんですw

2019/2/26 00:48  [2194-3413]   

スレ主 ミッコムさん  

> ビンボー怒りの脱出さん

> >逆も然り
> 言葉の使い所が間違っていたということでよろしいでしょうか。

反論を諦めて僕が決めて良いんですか?では、、、
今のあなたの言葉は矛盾しています。
是非、これを熟考するきっかけにしてください。

> 一応自分の云いたいことはメロンさんのところで話していますので読み返してみてください。
> ミッコムさんご自身が納得出来ないのは勝手ですが自分では納得して話していますのでソレ以上言うことはありません。

僕が納得できないのは僕の質問に頑なに答えない事です。
あなたの想いや情熱は感心するところ多数です。

このスレのテーマは「宗教と科学」です。
宗教と科学が参加者の中でどう折り合いをつけるかという話であり、常に両者が対比されて
まざったり、反発したりすることで、その境界面を明確にしたり、範囲を絞ったりすることで
少しでも霞が取れることがその成果だと思います。


2019/2/26 01:17  [2194-3414]   

ビンボー怒りの脱出 さん  

2019/2/26 01:35  [2194-3415]  削除

 めろん王さん  

>でも【知的欲求】を認めるなら、「肉体が発する無意識から発現するだけが意思ではない」
「意思は特別である」と言えてしまいませんか?

上手く伝わるか自信ないですが、、、
脳は嘘を付きます。
熱いものを触ったときに人間は反射的に手を引っ込めます。
引っ込めた理由を聞くと「熱いから」と答えます。
だけと本当は熱感センサーの反応を延髄で返してるので大脳的には理由なんかないんです。
これは簡単な例ですけどもっと高度な嘘をつくことも実験で分かっています。
脳橋が切断された人の見えない方の目(左脳なら左眼)にあるものを見せて質問すると見えてるように嘘をつくそうです。
それは健常な人にも起こると思われていて人の脳は嘘をつくと思われています。
それらのシステムが脳のソフトだと思います。

人間のように複雑な思考を持たない犬ですが反応を見ると感情があるように見えるし実験でも人間と同じ部位の脳が反応していて嬉しいや悲しいがあると思われます。
そういう感情は進化の過程で生き残りや良い環境を作るために必要というか結果的にそういう感情を持った個体が生き残ってきたのだと思っています。
原始的な欲求を抑制しても。

ソフトは反射的なものではなくて少し時間をかけて判断を下します。
そのような進化の過程で得られた機能(脳細胞も)が自死を選ぶのはコミニティで円滑にやっていく為の機能が自死を正当化してしまったことにより起こったのではないかと思います。

それらを一言で表すとミッコムさんの言うように多様性(の1つの表れ)となるかも知れません。

2019/2/26 07:32  [2194-3419]   

 めろん王さん  

私の説明よりも、

https://linguo-inst.com/entry/free-will/

2019/2/26 09:15  [2194-3421]   

スレ主 ミッコムさん  

めろん王さん

https://sp.fnn.jp/posts/00411786CX

魚も鏡に写る自分を認識するそうです。

閑話休題

例えば、ここに書き込むめろん王という意思は特別ではなく、何かbotのような存在ですか?
それとも、お互いに誤認識しあって欺瞞に封をしつつも人間関係を築く事が可能な存在ですか?

2019/2/26 09:20  [2194-3422]   

 めろん王さん  

ミッコムさん、

botのような存在だと考えています。
コンピュータが2進数だとしても複数の処理で複雑な処理を可能にしてることと似ていると思っています。
無機質な感じがしますが、それらの味気ない処理を含めて自由意志なんだと思っています。
私が貼ったサイトでも多くの人がそう感じていると書いてありましたが、それは幻想だと指摘されてしまっていますね。(笑)
私が考えていたのはそこまでですね。
ある意味、思考停止?
思考停止せずに先を考えたいと思いますが、それには新たな知識が欲しいです。
自分の想像だけでいくのはそろそろ限界です。

そのような認識では人間関係は欺瞞になるでしょうか?
それならば自由意志と感じているものがそもそも欺瞞で、、、
あっ!?そういう話なのか、、、
少し難しいですね。

2019/2/26 09:37  [2194-3423]   

 ネオパン400さん  

ミッコムさん。

>「神が存在しない事を証明できない」に同意するというのは、
>「神が存在しない」ことが共通の認識であるのが前提です。
>「神が存在する」なら「神の不存在が悪魔の証明である」とは同意できません。

>神が存在しない派にとっては、存在しないことを証明できない事が自明です。
>神が存在する派にとっては、存在する事を証明できる可能性が残っています。
>わざわざ不可能に挑戦する必要は無いよね?というのが僕の指摘です。


これよく分からないなぁ。神が存在する事の証明と神が存在しない事の証明が何か混ざってません?いない事が証明出来ない事って、実際にいるかいないかは関係ないと思うんですけど…

勿論いる事が証明できるのなら仰ることは分かります。
でも、「神の存在を信じているかつ神の存在は証明できない」の立場の人はいるでしょう実際。
(正確には、自分は神の存在を信じているが、人には神の存在を証明することが出来ない(馬鹿だから説明できない、ではなくて論理的に説明出来ない))


皆さんよろしくさん

>日本人「そりゃ〜良い!・・・しかし、死んだ自分の親は、どうなるのか?」
>宣教師「いや、死んでしまった者には関係ないから天国には行けない」

これは変ですね?
聖書にはキリストが生きている者と死んだものを裁くって何回も出てるんです。それを宣教師が知らない訳ないと思いますけど…

2019/2/26 10:00  [2194-3424]   

□ミッコムさん


>全能者は論理的に否定されています。
誰にも持ち上げられない石を作れるか?
持ち上げられなくても、作れなくても全能ではなくなる。

なら全能という設定は横に置くしかなく、
晴れて八百万の神の仲間入りという訳です。


「全知全能」には拘らなくても良いと思うんですが・・・

更に言えば、キリスト教の幹部達?も全知全能などと思っているのではなく、その方が信者が帰依する気持ちが強くなる・
布教しやすい、等の理由から、そう言っているだけではないでしょうか、つまり便宜的に、という事です

兎に角、全知全能に近い能力を持った?存在を神としても良いのではないでしょうか
他にも理由がある上での否定なんでしょうが、一応書いておきます


>要するに「死ねば、意識はなくなり存在そのものも無くなる、だから当然、来世など有り得ない」
>>死ねば、ではなく、死ななくても意識は無くなる場合があるという方が「意志は特別ではない」事の証左だと感じます


「死ねば、意識はなくなり存在そのものも無くなる、だから当然、来世など有り得ない」
この事は同意なんですね?それを前提に書きます

大事な事は「意識」即ち「自我」の事だと思いますが、普通自我というのは、自分自身の「本当」の意思だと思っている
でも、本当の所は、脳に拠り形成された意識なんじゃないか、と思ってます

要するに、人間は脳に対するロボットに過ぎない、という事ですね

こうなれば、肉体が死ねば自我も同じように死ぬ事になります、でも、私はそうはならない、と思ってるんですね

死んだ瞬間、本当の自我が復活するとか?
まっ、理屈は色々と付けられるでしょう、要するに・・・

「生きとし生ける者の存在というのは、神のような存在?に拠り、基本的には、生死に関わらずに常に相応しい環境
即ち宇宙を授けられるのではないか」という事です

と、いう事は、永遠かどうかは別にして存在し続ける事になります、一見、死ねば滅ぶようですが、実は存在し続ける
従って、来世も存在する、という事になります


唯、どこかに来世に該当する世界があるのではなく、眼前に自分自身に相応しい宇宙が広がるのではないか、と思えます
まっ、この話は実に摩訶不思議な話ですし余計な事ですから無視されて下さい

まぁ〜他にもありますが、キリがありませんので、この辺で



□ネオパン400さん、

>これは変ですね?
聖書にはキリストが生きている者と死んだものを裁くって何回も出てるんです。それを宣教師が知らない訳ないと思いますけど…


変ですか?

もうすでに亡くなっている訳ですから、信者にはなれない為に、言わば天国行の切符が手に入らないんですから天国には
行けないと思いますが・・・違うんですか

2019/2/26 20:26  [2194-3428]   

 ネオパン400さん  

皆さんよろしくさん

>もうすでに亡くなっている訳ですから、信者にはなれない為に、言わば天国行の切符が手に入らないんですから天国には行けないと思いますが・・・

済みません、今チョチョっとググってみたのですが、最初に来たカトリックの宣教師は、日本に来て、福音を聞いた人たちが自分の先祖が救われないと言って泣いた、という報告をしたと書いてありました。
という事は、彼らはこれまでの死者は天国には行けないと教えていたらしいですね。

ただ、聖書には、
「42:使徒言行録/ 10章 42節
そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。 」共同訳
と書いてあります。

ニカイアコンスタンティノポリス信条にもキリストが「生きている者と死んだ者とをさばくために、栄光をもって再び来る」って書いてあります。

これを見る限り、死んだ人にも少なくとも裁きは有る訳で、なので天国へ行けないとハッキリ決まっているとは言えず、そういう人たちについては解らない位の所になるのではないかと思います。

これWikipediaだと独自研究の米印が付きそうですが。

2019/2/26 21:42  [2194-3433]   

□ネオパン400さん


参考になりました、有難う御座いました

ひょっとしてキリスト教に興味がおありなんでしょうか
「高原 剛一郎」同教の宣教師ですが、大阪人らしく話が面白いです

国際問題を中心に講演会を開いているようで、何度か見た事が有ります
一応、御紹介しておきます/


特別聖書講演会 高原剛一郎「2019年世界情勢を聖書で読み解く」by石垣キリスト集会
https://www.youtube.com/watch?v=P6QldKWk
ke0

2019/2/26 21:52  [2194-3435]   

スレ主 ミッコムさん  

めろん王さん

遅レスでごめんなさい。

記事読みました。

無意識の意思はどこから来るのか?
つまり、無意識→有意識→行動、の無意識はどこから来るのか?
この記事書いた人、言葉の使い方がフラフラしてるので突っ込みどころ満載なんだけど、実験で「腕を動かして下さい」とか何かを取ろうとか、肉体的状態変化という入力があるわけですよね?

その肉体的状態変化はコントロール出来るのでは?
直接コントロール出来ないってだけだと思います。

2019/2/27 09:30  [2194-3441]   

スレ主 ミッコムさん  

めろん王さん

--
botのような存在だと考えています。
--
僕が聞きたかったのは、つまりそこに尊厳がありますか?という事です。
PCをシャットダウンするように自分の人生を終わらせられるか?と言えば良いでしょうか。
つまり、そういう世界観だという理解はおおいに同意なんですが、感情との折り合いは
どのようにつけているのかな?という部分です。

ーー
そのような認識では人間関係は欺瞞になるでしょうか?
それならば自由意志と感じているものがそもそも欺瞞で、、、
あっ!?そういう話なのか、、、
少し難しいですね。
--

ごめんなさい。ここは僕の主観的言葉選びが過ぎました。
またの機会に説明できればと想います。

2019/2/27 09:49  [2194-3442]   

スレ主 ミッコムさん  

ネオパン400さん

その通りです。
これは「逆とは何を指しているんですか?」という質問に答えてもらう為の質問です。
文章全体の文意を同意したのか、理屈を同意したのか。

2019/2/27 09:57  [2194-3443]   

 めろん王さん  

>>botのような存在だと考えています。
>尊厳はありますか?

結論で言うと尊厳はあると思います。

本当は哲学的な視点から「尊厳とはなにか?」とか、刺激から反応、行動を整理してbot的なメカニズムを整理して考えをまとめたいという衝動がありますが、たぶん1ヶ月以上はかかると思うので、枠組みは緩いですけど現在の私の考え(感覚?)を書きます。

bot的な反応の集合が人格なんだと思います。
コンピュータで考えたいと思います。
コンピュータは最小単位まで遡るとイエスかノーの2択しか出来ません。
それらの数を増やしてソフトで集積すると人間と同じような思考は実現出来ると思います。
人が思考に至るシステムもニューロンの発火なので似たようなものだと思います。
そのようにして出来たAIに尊厳があるか?
私はないと考えています。
両者の違いは何なのか?
私は人体を構成するパーツから発せられる欲望だと考えます。
前に脳細胞と臓器などの細胞は双方向で通信してると書きました。
身体の各パーツも人格に形作るっていうのは私の独特の感覚かも知れません。
他で聞いたことないので。
人格というのはあらゆる欲望が練り込まれていると思うんです。
だから将来、サイボーグやアンドロイドなどを作る技術に到達したとしても心は持てないと思うんです。
持たせることが出来るとしたら処理速度やシステムだけではなくて欲望も再現しなければ意識とは言えないと思っています。
なのでコンピュータで再現する疑似人格は人格ではないし尊厳もないと思います。
精巧なアンドロイドもそう。
脳だけ生体の場合はどうか?
難しいですね、私の中で結論は出ていません。

尊厳があるかないか?
bot的な反応に関わらず欲望があるかないか?
私の判断基準はそこになると思います。

2019/2/27 11:27  [2194-3444]   

スレ主 ミッコムさん  

>皆さんよろしくさん

>なら全能という設定は横に置くしかなく、
>晴れて八百万の神の仲間入りという訳です。

>「全知全能」には拘らなくても良いと思うんですが・・・

そういう意味では同様にキリスト教の神に拘らなくとも良いと思いますよ。
結局「目に見えない」「信仰の対象」「上位概念」みたいな要素を
満たしていればなんでも良いのでその「なんでも」を「八百万」と呼んだだけです。

アミニズムは世界各地にあるので、一神教の方が実は少ないんですよ。


>更に言えば、キリスト教の幹部達?も全知全能などと思っているのではなく、その方が信者が帰依する気持ちが強くなる・
>布教しやすい、等の理由から、そう言っているだけではないでしょうか、つまり便宜的に、という事です

便宜的にでもこの場合は上記のとおり同じことです。
キリスト教の言う神を限定していないことが重要です。

そもそもキリスト教の神とイスラム教の神は同じですから、
イスラム教の神を排除する意味もありませんよね?

そんなこんなで、キリスト教の指す神だけに言及しているのではない、とご理解いただければと。


>「死ねば、意識はなくなり存在そのものも無くなる、だから当然、来世など有り得ない」
>この事は同意なんですね?それを前提に書きます

すいません。遠回りさせちゃいました。
その通りです。


>来世
端的に言うと、「死にたくないから、来世もあるはず」とか
「死んでかわいそうだから、来世もあるはず」とか
その辺が発想の動機なんじゃないかなと思いますが、どうでしょう?

少なくとも、僕は前世を覚えていないので、「忘れてるだけ」なら
思い出させる方法とかあると「あったかも!」と理解できるんですが、、、。

2019/2/27 15:13  [2194-3449]   

□ミッコムさん


>端的に言うと、「死にたくないから、来世もあるはず」とか
「死んでかわいそうだから、来世もあるはず」とか
その辺が発想の動機なんじゃないかなと思いますが、どうでしょう?


一般的には、そうなんだろうか?
少なくとも私は、発想の動機にそんなのはないですし、そのつもりで書いてます

ちなみに言いますが、まさかそんな受け止め方をされるとは思ってもみませんでした
皮肉とか嫌味じゃないですよ


何で来世が?

簡単に言ってしまえば、現世だけで終わってしまうのであれば、最初から
生まれて来る必要はない、というか、その方が良いのではないでしょうか

それで終わりなら、何も無理してさまざまな経験なんてしなくて良いんだし

「存在する」という事はそれなりに意味が有るんでしょう、この事を良く々考えれば
来世というと言葉はおどろおどろしいですが、あると考えるべきではと思います


何故、存在しているのか?
何の為に生きているのか?

人間というのは、如何なる存在なのか?
生きるとは、どういう事なのか?

正しい生き方とは、どういうものなのか?



こういう事を考えていけば、生死に関わらず、常に自分にとり相応しい環境に存在している
と、いう事になり、来世も存在するのでは、と、いう事です

尚、個人的には、来世は、そんなおどろおどろしいものだとは思ってないですね
って、当然ながら、全く解らない事ですが


ちなみに、上記のような考え方で思う事であり、科学的な考察はしていません
その点は、貴方とはかなり違うんじゃないかな、と思います

以上、簡単ですが、まずまずの感じ?を解って頂ければ幸いです/


※ところで、貴方は宗教関係者という事ですから、お伺いしますが、世界の宗教の中で
「神」を想定していない宗教というのは有るんでしょうか?

良ければ、教えて下さい

2019/2/27 19:44  [2194-3460]   

 ネオパン400さん  

皆さんよろしくさん

高原氏の動画のご紹介ありがとうございます。
今日はウチで仕事でしたので、合間に拝聴致しました。

聖書が書かれたのは中東ですから、あの辺りの地名が出て来るのはそらそうだろうなと思います。
そして、予言の解釈も、言えば結構何にでも当てはまりそうな感じがします。
多分、彼の予想に予言の言葉を当てはめているのだろうと思います。

そしてですねえ、多分、その日が近づくにつれて解釈も修正して行くだろうと予想します。
(とは言え、地球の仕組み上地震は近い将来のいつか起きるでしょう)

2019/2/27 19:55  [2194-3461]   

スレ主 ミッコムさん  

皆さんよろしくさん

あれ?なんか不愉快にさせてたらごめんなさい。

個人的には来世があっても良いなと思うんです。神が居ても良い。ただ僕の経験では存在を感じないし、その事で現世の僕の生き方を正そうとは思わないというだけなんです。

今の世界や自分に「意味があるか?」って僕にはどうでも良いんです。目の前に現れる日々の生活をいかに充実させるか?自分がどうしたいか?どうやったら最高か?

それらのモノサシを他人に委ねる気が無いんです。
自分の外側の世界から影響を受ける。それだけで充分。
他人のモノサシが自分と同じだったら幸運だし、反発してたら茨の道です。

例えば、うさぎと亀の話は色んな教訓を生むので、その解釈を様々に味わうのはありで僕もよく引用します「あれはウサギの失敗談だ」とかね。ですが、史実かどうか?と言われたらnoです。そんなの当たり前と思うかもしれないですが、そういう事に境界線を意識的につけて考察しているわけです。

例えば、僕は祖父母にかなり面倒をみてもらいましたが、祖父や祖母は「僕の中で生きている」と感じます。守られてるとさえ感じます。でもそれは魂やらが乗り移ったとかという認識にはならないんです。僕の中の記憶がそうしてる。そんだけの記憶(愛情?)を僕に残してくれたのだなと感謝しています。
でも、僕の中の話です。それを一般化出来るとは思えない。そういう線引きをするんです。

もし、前世の記憶を思い出すような体験があるなら、それって「来世」を想像する動機になると思うし、それがその体験をした個人の中で成立するのは全くもって信じるし、その話を聞きたいと思います。

要はね、境界線の越え方です。
内部感覚と世界のあり方の境界線の引き方です。

神を否定するめろん王さんに意思の尊厳はあるか?と聞いたのと
同じように、ビンボーさんや皆さんよろしくさんのように神や神の意思の存在を認める方には、世界とどう折り合いをつけているか?を聞かないと僕にはなかなか双方ともに理解し辛いという事。

死にたくないから来世を想像する。肉体と魂を分離させて考える。
そういうのって全くもって正常な考え方だと思います。死をどう考えるか?本来は来世とかって死生観の範疇で宗教と直結してないと思いますが、宗教と分離させて考えるのはちょっと難しいですよね。

>神が居ない宗教
神とは呼ばないという意味ではいっぱいあるんじゃないかな?
仏教しかり。上位概念が無い宗教はどうだろう??

2019/2/27 20:46  [2194-3463]   

スレ主 ミッコムさん  

やっぱりスマホから返信すると言葉足らずで良くないですね。

> >端的に言うと、「死にたくないから、来世もあるはず」とか
> 「死んでかわいそうだから、来世もあるはず」とか
> その辺が発想の動機なんじゃないかなと思いますが、どうでしょう?

> ちなみに言いますが、まさかそんな受け止め方をされるとは思ってもみませんでした
> 皮肉とか嫌味じゃないですよ

「そんな受け止め方」というのは失礼な解釈の仕方だったという事でしょうか。
そういうつもりは全くありませんが不愉快にさせたのならば謝罪いたします。

例えば、「正義をかざして戦争するより強盗殺人の方がよっぽど理解できる」というようなのが
僕の感じ方、考え方です。※誤解される前に断りますが、どちらもダメですよ。

なので、先ずは分かりやすく
「死は怖い」→「死の恐怖を和らげる」→「死んでも大丈夫と思いたい」→「来世」
という単純な事から想像しただけです。子供が「ママ」から言葉を覚えるような短絡さです。
自分の感覚と地続きじゃない事は理解したとは言いづらい。
だから、理解できるところから始めているだけなんです。

なので、「死にたくない」とか「愛する人が死んで可哀そう」というのは
「来世」を理解するために僕にも理解できる僕のスタート地点なんです。


僕は誰の人格も否定しません。僕が否定する、反論する、意見するのは
書き込まれた「言葉」そのものです。

例えば、「わかるやつだけ分かればよい」とか「矛盾を平気で放置する」のはどうしても許容できないんです。

「風が吹いたら桶屋が儲かる」
これは事実ではなく、再現性のない話ですが、論理的に誤っていません。
※これだけだと飛躍はしています。飛躍も論理性の欠如の一つです。

なので、ご自身の、とか、身の回りの「体験」をどう解釈したか?の「導出」に矛盾が無ければ
それで僕は「なるほど!」と思うのです。「神がいる」から逆算してるなら、いくらでも
説明できちゃうので。



僕の祖母は霊感が強い人でした。なので、行方不明の知人の「両膝下だけが夢に出てきたけど、あの人の足だと分かる」と周囲に話した数日後に足だけを残して腐敗した死体が山奥で見つかりました。

ほかにも僕が幼少の時の話ですが、家族が寝る間際に僕が「オシッコ」と言うと祖母がトイレまで連れて行った時、「一人でできる」と言う僕を置いて戸締りを見に行ったあと、戸締りをして寝る部屋にもどる最中、既に僕は用を足して母の布団に戻っていたにも関わらず、4歳くらいの男の子を見つけて「(僕だと勘違いして)まだこんなところにいたの?」と会話し、その子の手を引いて皆の寝る部屋まで戻ってきました。

母も子供が板の床を歩く時の「ぺたぺた」という音を聞いたそうですが、僕が既に母の布団に潜り込んでいるのを見た祖母は「誰と話ししてるの?」という母の言葉を無視して青くなって寝ました。
※母談

僕自身も実家に住んでいる頃、2階で寝ている時によく1階を子供が走り回る音を聞いた事があります。

なので、そういう隣人が居たらいいなと思っています。
思っていますが、そういう隣人は僕にとって「上でも下でもなく隣人」です。
千と千尋の神隠しなど(告白するのが憚れますが)はっきり言って既視感さえありました。

子供の頃にそういう経験をしたことがある気がする。
人非ざるモノと親と離れて過ごした気がするという感覚です。

だけど、それらと自分の関係を意識して自分の生き方を補正することは、
少なくとも、意識してはやっていないんですよね。

2019/2/27 23:17  [2194-3472]   

 めろん王さん  

前にも書いたことがあるけど小学生の頃の私が最も怖かったのは死んで何も考えられなくなること。
無になることだった。
もう少し経つと世の中から忘れられることのほうが怖くなった。
もっと経つと遺した人達に二度と会えないという虚無感を与えることが怖くなった。
自分の命が失われることの恐怖が和らいだのは2つの理由があるように思う。

1つは私を構成する物質は形を変えるが失われないということ。
太陽系が滅んだとしても遠く銀河を越えて離れ離れになったとしても存在は続くということ。
離れた銀河で違う物質と出会って宇宙の一要素となって存在は続くんだと実感してること。
それが1つ目の理由。

2つ目の理由は時間と空間を1つと考えるようになったこと。
私が死んだ後も未来はあるが、その時の私は1つ目の理由のように宇宙を旅しているかも知れない。
時間と空間は表裏一体。
その時間に相応しい形の空間がある。
それが未来の私のありのままの姿。
それ以下でもそれ以上でもない。
今、人間としての意識があるのはそういう時間に居るだけのこと。
借りそめの姿。
1形態。
未来になったとしても過去の私の存在が失われる訳ではない。
時間が経過するということは過去が失われるのではなくて時間に相応しい形に空間が変わるだけのこと。
過去は過去の視点から見るとずっとそこに存在し続ける。

私の感覚なので伝わったかどうか分かりませんが、そんな風に考えるようになったら死は怖くなくなりました。
遺していく人のことを考えたり、考えさせたりするのはなんとも言えない思いがありますし、出来るだけ生きたいと願っていますが死後の不安はなくなりました。
西洋風の神様は信じませんが自然信仰に近いところはあるように思っています。

2019/2/27 23:20  [2194-3473]   

□ミッコムさん

不愉快なんてなってませんので、気にされないで下さいね

□ぷりんさん

来世を信じていない?
はて、その理由は解りませんが・・・まっ、また話しませう/

2019/2/27 23:51  [2194-3474]   

 めろん王さん  

皆さんよろしくさん、

来世を信じていないというか自分は宇宙の一部だと思えば来世は関係ないという感じです。
来世は宇宙って感じですかね?
過去も私を構成する物質は宇宙の構成要素の1つだった訳で今が特殊といえば特殊な状態なだけだと思っています。
未来は別の意識の為の時間てす。

2019/2/28 00:00  [2194-3475]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

前宇宙のシミュレーション仮説に付いて語っていらしたと思うのですが、そうすると

>過去は過去の視点から見るとずっとそこに存在し続ける。

これは概念的な話としてという事ですか?
シミュレーションだとしたら過去の演算の結果と言うのは保存されていない気がするんですけど、私が現代のコンピューターを想定しすぎなのでしょうかね?

2019/2/28 09:36  [2194-3480]   

 めろん王さん  

ネオバン400さん、

すいません、たぶん私が考えていることを言葉で表現しきれてないです。
時間について私が考えてきたことを少し書きます。
人工衛星の時計が遅れることは有名ですが、私は不思議に思いました。
「あれ?人工衛星が未来にタイムスリップした?」
でも変化はタイムスリップのように区切りがある訳ではなくて徐々に時間差が開いています。
「人工衛星が過去のものなら現在の空間に居るはずのものは何処に行ったんだろう?」
「あれ?人体を構成する原子も時の流れが違うなら過去のものと現在のものが混じり合って存在してるのかな?」
時間の流れが皆に平等に流れてるなら私は存在出来なくなる。
原子などの観点からすると150億才の原子と100億才の原子で構成されてる可能性はないだろうか?って思うようになったんです。
だから時間っていうのは空間との相関関係で物質の存在を決めていると思ったんです。
100年後の未来っていうのは人間の視点であって本当はそういうものは存在しない。
人間が未来と表現するものは時間と空間の相関関係による1つの状態に過ぎないって。
150億才の原子も100億才の原子も人間の感覚からすると時を超えてお互いに干渉し私を作り上げている。
たから未来も相対的に見て未来方向という流れはあっても個々の原子は時の流れが違う、今の私がそのまま未来に存在することはなくて、それぞれの空間と時間を持ち時を超えて影響し合うと思ってるのです。
そうなると来世というものは私ではなくて私は宇宙の1構成要素に戻り(まあ、現在も1構成要素なんですが)何かしらに変化してるって考えです。
過去が存在し続けるというのは、過去は過ぎ去り無くなるものではなくて空間と干渉し合うものという認識から形態が変わったという考えです。

宇宙誕生からそれぞれの時間軸を過ごしてきた素粒子が現在は私という形を作り上げて細胞の創発という現象で私の意識を発生させ、未来は再びそれぞれの素粒子となり宇宙に存在し続ける。
私にとって前世も来世も宇宙の一部であり、現在は私が存在する時間においてのみ私という意識が在るというように考えています。

2019/2/28 10:43  [2194-3483]   

 めろん王さん  

シミュレーション仮説に当てはめると、aという時間においての私の存在はaという時間にのみ存在し、bという時間に変化すれば私の存在もbへ変化する。
私という存在は私を形作っている期間にのみ許される存在でそれ以前、以降においては別の存在へ変化する。
【過去の視点から見るとずっとそこに存在し続ける】
と、いうのは、
【a時間(過去の視点)から見ると私はずっと(a時間の世界に)存在し続ける】
ということで、時間がbになろうがcになろうがaという時間において私の存在がなかったことになることはないということです。
しかしaという時間において別の空間の選択(私がいない世界)はあり得ると思っています。

2019/2/28 11:17  [2194-3484]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

それは興味深いお話です。その話を話を聞くと考えてしまいます。つまり、

・150億才の原子と100億才の原子の間に区別は付くのか。
 両者全く区別が付かないと思います。区別がつかないという事は、両者は同じのもだと言えませんか?

・上記原則を敷衍して、めろん王さんを構成した原子と構成しなかった原子は区別が付くのか。
 めろん王さんが死んだあと原子になったとして、めろん王さんを構成していた原子と構成していなかった原子に何らかの区別は付くのでしょうか? 付かないとしたら全く同じものと言えませんか?
 両者に全く区別がつかないとすると、原子の何をしてめろん王さんが居たと言えるのでしょう?

 時間の過去未来を経ていなくても話は同じに思えます。空間的に、例えばこれから食べる食物を構成している原子と、今自分の体を構成している原子と、かつては自分を構成していたが今は出て行った原子が、時間的には同時に、場所もほぼ同じ場所に存在し、それらは原子レベルでは区別が付きません。

自分を原子と考えてしまうと、自分と言うものはどの時代にもいて、何処にでも有る。しかもそれは他の誰とも全く区別がつかない。居たか居ないかの区別もつかない。
・・・って話になりませんか?

2019/2/28 17:11  [2194-3487]   

 めろん王さん  

ネオバン400さん、

原子に見分けがつくか?つかないか?というのはそうかも知れませんね。
放射性炭素のように年代の根拠になるような仕組みがあるかも知れません。
どっちとも言えないと思います。
今回の話で言えば区別はつかないと言う前提のほうがいいと思うので区別出来ないという前提で話を進めます。

同じものかどうかというと性質は同じだが歴史(経緯)が違うと言えると思います。
日本とアメリカの酸素の組成は同じでも両者の存在は明らかに異なります。
場所(空間)が違うからです。
私は時空とは時が決まれば空間も決まると考えています。
逆に言うと空間を決めるためには必要な時間が存在すると考えています。
日本の酸素とアメリカの酸素の組成が同じでも時空的に同じものにするには瞬間移動させるしかありません。
それは成り立たないと思います。
原子が存在する為にはそれらの情報も必要になると考えています。
パソコンなどのグラフで言えばY軸が組成、X軸が時間です。
Y軸(組成)が同じでもX軸(時間)が違うために空間も変わるという認識です。
組成というパラメータは同じでも存在のパラメータは違うと考えます。
なので区別するために時空というパラメータが必要になります。

2019/2/28 17:53  [2194-3489]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん。

問題はその、時空のパラメーターが原子に保存されないって事だと思います。

時間と場所が区別に重要なパラメーターだとすると、死んで離散してしまうとそのパラメーターは読み取れません。(保存されていないので)

時間と場所のみがそれ(例えばめろん王さん)である事のパラメーターだとすると、逆に場所と時間が特定できない状態になってしまった時点で(死んだとか星が爆発したとか) それはそれとして区別できなくなり、つまり原子が構成していた特定のそれ(めろん王さん)はそれでは無くなってしまうと思うのですが、いかがでしょう?

2019/2/28 18:10  [2194-3491]   

 めろん王さん  

パラメータは原子の視点ではなくて時空を俯瞰した視点になると思います。

>これは概念的な話としてという事ですか?
>シミュレーションだとしたら過去の演算の結果と言うのは保存されていない気がするんですけど、私が現代のコンピューターを想定しすぎなのでしょうかね?

コンピュータに例えます。
原子の構成要素は画面に表示されるアルファベットで、
時空のパラメータは画面に表示する位置です。

またはスカラーとベクトルの関係も近いイメージです。
時空という方向性を持たせることで力の大きさは同じでも意味が変わります。
現代という視点だけで考えると同じに見えますが、時空というパラメータが加わると積が変わります。

2019/2/28 18:53  [2194-3492]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん。

>パラメータは原子の視点ではなくて時空を俯瞰した視点になると思います。

現実問題時空を俯瞰する手段が有りません。それが問題なのです。
俯瞰するためにはどこかに情報が保存され、それにアクセスできないと無理です。

コンピューターの例えでは、これは、可逆演算を可能としないと成り立たないように思います。
現実はメモリーはリセットされ、それ以前には戻れません。
外部記憶に録っておけと言う話になりますが、そのモデルは現実に当てはまらないです。

>またはスカラーとベクトルの関係も近いイメージ
これを採用してしまうと、宇宙は可逆演算可能な、完全に因果的決定論、ラプラスの魔が支配する世界でないと成り立ちません。
現実は現在から過去の全てを特定する手段はありません。未来が完全に予想できないのと同じです。



2019/2/28 19:10  [2194-3495]   

 めろん王さん  

ネオバン400さん、

>俯瞰するためにはどこかに情報が保存され、それにアクセスできないと無理です

我々が俯瞰出来ないから存在しないということにはならないと思います。
見分けがつかない、歴史が分からないというのとは言えますが。


>現実はメモリーはリセットされ、それ以前には戻れません

それは電源を切った場合(宇宙の消滅)の話で、私の存在が形を変えるのはコンピュータ内でアルファベットの組み合わせか変わったり表示位置が変わるだけのことです。


>これを採用してしまうと、宇宙は可逆演算可能な、完全に因果的決定論、ラプラスの魔が支配する世界でないと成り立ちません。

私は可逆演算可能だと思っています。
その上で因果的決定論にならない方法があると思います。
パラメータの範囲で両方向に決定的な数値ではなく確率を残す考え方ではどうでしょうか?
私の存在は確率ということになってしまいますが、未来の私から現在の私へ至るにはそれに見合った時空のパラメータの範囲に収まった上で現在の私へ至る選択が行われればいいのだと思います。
それは過去から現在に向かう方向でも同じです。

2019/2/28 19:29  [2194-3496]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

>コンピュータ内でアルファベットの組み合わせか変わったり表示位置が変わるだけのことです。
これは、コンピューター内でメモリーの状態が変わった事を意味します。
変わるのは良いんですけど、現在のその表示から、それ以前の表示を辿ることが出来るのかどうかという事を問題にしています。

現在表示されている事からそれ以前に表示されていた事を再現出来るというお話でしたら、話は分かるんです。で現実はそうではないという指摘です。


宇宙が計算可能かという事ですが、ここに確率が関係してくると、元には戻れませんし先も見えないんじゃないでしょうか?
とすると、例えば100年後の原子、時空の状態からその時点での過去(つまり現在の)時空における原子の状態(めろん王さん)は、確率でしか見えなくなります。めろん王さんは確率の雲から現れ、存在自体が確率の雲に消えて行くという事になります。


こういう話になって来ると、これオカルトなのであんまり言いたくありませんがアカシックレコードを支持する人が居ます。空間に過去の記録が完全に記録されているという考えです。
過去の記録は完全に残っているとすれば、めろん王さんの考える事は筋が通ります。
でも、はっきり言って全く根拠はありません。これを信じる事は神を信じる事に等しいです。

2019/2/28 19:43  [2194-3497]   

 めろん王さん  

>現在表示されている事からそれ以前に表示されていた事を再現出来るというお話でしたら、話は分かるんです。で現実はそうではないという指摘です。

過去の座標を再現するということはコンピュータ内では過去を再現したとは喩えられないでしょうか?
現実社会のコンピュータで同じことをしても座標のアルファベットが過去と同じものを未来で再現したと見えるかも知れませんがコンピュータ内での座標は過去を意味する訳ですから過去を再現というか過去そのものだと思うんです。


>宇宙が計算可能かという事ですが、ここに確率が関係してくると、元には戻れませんし先も見えないんじゃないでしょうか?

狙ってやるのは不可能に近いと思います。
しかしそれは未来も同じではないでしょうか?
狙った未来や過去に行くのではなくて現実に存在する視点からの整合性だと考えています。
現在の私の思考が過去から連続していたかというと私は少し違う想像をしています。
現在の思考と矛盾しない過去が数パターンありその中の1つが過去の経験(記憶)で想定されて現在の私が形作られているのだと思います。
現在の私を成り立たせるものは過去と整合性が取れるパラメータであり、それが存在していた可能性とリンクし合っているのだと思います。
過去も未来も全て存在していて、どう繋がるか?リンクの仕方により時間が流れているように感じているのだと思います。

2019/2/28 20:22  [2194-3498]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

コンピューターで現在に過去を再現の話ですが、まず、過去を再現するためにはその為の、「過去はこうであった」という情報が必要です。そして、再現された状況が本当に過去のものであるのかどうかを検証するためにも、照らし合わせる為の情報が必要です。
それなしに再現された状態は過去の再現とは言えません。
過去を再現するためには過去の記録が必要です。

>しかしそれは未来も同じではないでしょうか?
同じです。それはこのスレッド内で一貫して述べています。
現在の状態から未来が完全に予想できないのと同じように過去も完全には辿れません。

世界がめろん王さんの述べるパラレルワールドで構成されていたとして、未来が整合性の取れる範囲で特定の状態に至ったとしましょう。
それでも、その時点からは、過去はどのような状態であったか、AなのかA'なのかは完全には分からないのです。一旦未来になってしまうと、複数の整合性の取れる範囲の過去が見えてしまいます。
未来が整合性の取れる範囲で特定の状態に至ることが可能である事と同じ原理です。

リンクはしているかもしれませんが複数の可能性があり、ある時点に至ると、過去のどのリンクからそこに来たのか、そしてどのリンクをたどって未来へ行くのか、正確には分かりません。

こんな説明でいいですか?

で繰り返しになりますが、わからないというのは区別が付かないという事を意味します。
今のモデルのままですと、自分(を構成していたパラメーター)は離散して、他と全く区別が付かなくなります。

2019/2/28 21:02  [2194-3500]   

>来世を信じていないというか自分は宇宙の一部だと思えば来世は関係ないという感じです。
来世は宇宙って感じですかね?

なるほど、それなら解ります
しかし、来世が宇宙とは、これまた高尚ですね、Σ(・□・;)

2019/2/28 22:04  [2194-3505]   

 めろん王さん  

世界をコントロールすることは世界が存在することの必要条件ではないと思うのですが、、、

2019/2/28 22:05  [2194-3506]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

それは仰るコントロールが何を指しているかによりますね。
具体的に何を指しておられるのでしょう?
(この世界が存在するための必要条件は確かに有ります)

2019/2/28 22:14  [2194-3507]   

 めろん王さん  

私が過去の私の必要条件を知らなくても過去の私も現在の私も存在出来るということです。

2019/2/28 22:16  [2194-3509]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

>世界をコントロールすることは世界が存在することの必要条件ではないと思うのですが、、、

>私が過去の私の必要条件を知らなくても過去の私も現在の私も存在出来るということです。

この二つの文章は、めろん王さんの頭の中では繋がっているのですね?
これ普通に考えると、めろん王さんが過去のめろん王さん存在の必要条件を知る事が世界をコントロールすることで、めろん王さんが世界という事になってしまうと思うのですが・・・
そういう事を仰りたい訳では無いですよね?

私が想像を働かせて理解を進めてしまうと、めろん王さんが考えている事や言いたかったこととは離れてしまう気がします。
しかし、説明が面倒でしたらどうぞめろん王さんの方から話を切り上げて下さい。
その場合はそもそも写真屋が宗教の話をしているのが間違いだったと理解します(^^;

2019/2/28 22:28  [2194-3510]   

 めろん王さん  

私が存在するのはただ事実として存在しているという風に考えています。
時間を進めたり巻き戻したりというのは移動ではなくて、時間の変化に伴い世界の構成要件が変わり変化に沿って空間や物質などの形態も変わってしまうと考えています。
それは誰かしらの意志とは関係なく起こることだと思っています。
私が過去に存在するための要件はあるのでしょうが、その情報が必要なのは時を遡ろうとする者です。
ついでに言うと時を遡る為にはゴールである過去だけではなくそこに至るまでの時空の情報と世界全体の情報が必要になると思います。
それは人智を超えた技術だし事実上不可能なことのように思います。
もしも近い事で少しでも簡単な方法となると大筋は過去を遡るで細部はコントロール外にして成り行きの変化に任せることになると思います。
その場合は少し違う過去になってしまう可能性があると思います。
しかし言いたかったのはそこではなくて、私の意志は私の存在しない過去や未来には存在しないが生存中の時間は確かに存在する。
私がいない世界でも時間という要素(数値)を満たせば私は現れるのですからどんな時間軸であれ世界に私は内包されていると考えています。
だから私にとっての未来や過去は来世や前世ではなくて現世であるという感覚ですかね?
ちょっと違うかな?

2019/2/28 23:03  [2194-3511]   

 めろん王さん  

例えば未来から過去へ手紙を送れるとします。
その手紙に未来を変えてしまう情報が書かれていれば未来は変わるか?
私は変わると考えます。
変わった未来は1つのパラレルワールドかというと、そうも考えません。
過去の時点から未来に向かい歴史が書き換えられる?
というか可能性の一つが具現化する?
視点の問題だと思うんですよね?
どの世界、空間、時間から見るかによって変わると思っています。
だからどの空間であれ時間であれ私は内包されているし今、書き込みをしている自分はその時空に存在が許されているからそういう意識を持っていると考えています。
内包された自分であり1秒後の自分は少し変わっているが内包されていた自分の1形態だと思っています。

2019/2/28 23:24  [2194-3512]   

 めろん王さん  

ビッグバンの時に2つの水素原子が誕生したとします。
1つは静止し続けました。
1つは光速で運動しました。
その状態が150億年続きました。
静止し続けた水素原子は誰が見ても150億歳というのは異存ないと思います。
光速で運動し続けた水素原子が0歳というのも異存ないと思います。

静止し続けた水素原子を年代毎に1億年毎に区切り名前を付けます。
静止水素1億歳から静止水素150億歳とそれぞれの年代毎に呼ぶことにします。

光速で運動し続けたほうの水素原子も年代毎に区切ります。
光速水素1億歳から光速水素150億歳です。

静止水素のほうは様々な原子と結びついたり離れたり核融合したり歴史が刻まれると思います。
要は時間と共に変化します。

光速水素のほうは時間が止まっている訳ですから変化しません。
光速水素1億歳も150億歳も同じ状態を保っています。

静止水素のほうは新たに生まれ変わったり崩壊したり年代毎の存在というものを実感出来ます。
光速水素のほうは全ての時間に存在することになります。
時間の決定が出来ないんです。

2つの水素原子の時間の幅は極端な例ですが経験した運動速度が違う物質は確かに同じ時代に存在しています。
経過時間の違うものが同じ時間軸に存在する。
時間を独立した流れで見ると矛盾すると思います。
なので私は時間は空間との相対的な流れだと考えています。
もっというと時間とは静止してる側から見た見かけの変化だと思っています。
時間が経つということは空間全体の変化だと考えています。
光速水素1歳と150歳の違いは個別の水素原子の違いではなくて空間全体との相関関係なんです。
なのでパラメータは空間の情報というか宇宙全体のパラメータも必要になります。
世界とは単独の時間で見るのではなくて過去から未来までの時間を含めた全体のことを言うのだと思います。
時間が経過し過去が失われるのではなくて状態が変化したと私は見ます。
それは宇宙全体で調和を取りながら変化しています。
それを私に当てはめると私の来世は宇宙内で構成要素を変えた変化と見ますので来世は宇宙ってなるんですね。

2019/3/1 14:15  [2194-3516]   

スレ主 ミッコムさん  

それはもう時間とは呼ばないですよね。
俯瞰したメタ時間とでも呼べる話で、それは上位概念の時間であって、つまり神が存在してしまう。

時間と空間と観測は不可分ですよ。

2019/3/2 05:00  [2194-3520]   

 めろん王さん  

>それはもう時間とは呼ばないですよね。
俯瞰したメタ時間とでも呼べる話で、それは上位概念の時間であって、つまり神が存在してしまう。

そうでしょうか?
私は逆にメタ時間?になると神が存在してしまうということが理解出来ないんです。
物質間の相対時間で私は納得出来て神の必要を感じないんですが何か抜け落ちてるんでしょうか?
私の考えだと世界全体の基準になる時間はありませんけど宇宙の膨張速度がもしかしたら何かしらの基準として使えるかもと思っています。

>時間と空間と観測は不可分ですよ。

不可分だと思っています。
それで時間の変化量に合わせて空間も変わると思っています。

2019/3/2 09:28  [2194-3521]   

スレ主 ミッコムさん  

観測者の存在も必要ですよね???
説明済みだったらごめんなさい。
だいたい目は通しましたが、数日インフルだったもので脳細胞がかなり死滅してるかも(^^;)

隔たれた時空の時間的相対を誰が観測するんです?
少なくとも今の地球人には出来ていません。

>我々が俯瞰出来ないから存在しないということにはならないと思います。

想像はできても存在していない。
少なくとも存在を確認出来ていない。

それってつまり神とは呼べないですか?

2019/3/2 14:03  [2194-3524]   

 めろん王さん  

>観測者の存在も必要ですよね???

私は必要ないと思っています。
実在する者通しの運動速度の違いだから必要ないと思うんですが、、、
あえて言うなら実在する者通しがお互いに観測者であればいいのではないでしょうか?


>隔たれた時空の時間的相対を誰が観測するんです?
少なくとも今の地球人には出来ていません。

私は隔たれたとは考えてないんです。
時間というもので区切ると現在、過去、未来で区切られますけど時空として考えると過去も未来も地球も宇宙の果ても1つのものという認識になりますから。


>想像はできても存在していない。
少なくとも存在を確認出来ていない

外からの観測者は量子力学で言うところの電子の2重スリット実験などでは電子の状態を確定するのに必要かも知れませんが、お互いの時間を決める相対性理論では当事者通しが観測出来ればいいのではないでしょうか?
しかもそれは当事者が時間の遅れなどを確認するために必要な観測であって物質の存在を決定づける意味ではないと思います。
「我思う故に我あり」じゃないですけど自分が存在していることは実感出来ます。
世界における自分の状態ですが、それを推し測るのは他社との相対的関係。
そこで観測者が必要となります。
その観測者は既に存在が分かる者通し(実在してる者)でいいと思います。
観測出来ないから存在しないではなくて、存在してるけど観測出来る範囲しか干渉出来ないって感覚を持っています。
世界俯瞰出来る存在があるとしたら神と呼んで差し支えないと思います。
世界を俯瞰しても全てが見えるってだけだと思いますけど、、、

2019/3/2 15:49  [2194-3525]   

スレ主 ミッコムさん  

> めろん王さん

相変わらずの遅レスで恐縮です。

> >観測者の存在も必要ですよね???
>
> 私は必要ないと思っています。
> 実在する者通しの運動速度の違いだから必要ないと思うんですが、、、
> あえて言うなら実在する者通しがお互いに観測者であればいいのではないでしょうか?

うーん、ネオパンさんも指摘しますが、それだとお互いが認識できなくないですか?
「存在すると予測できる」程度で良いんでしょうか?それとも我々の肌感覚として
隣人として認識できる位を想定されているんでしょうか?

> 私は隔たれたとは考えてないんです。
> 時間というもので区切ると現在、過去、未来で区切られますけど時空として考えると過去も未来も地球も宇宙の果ても1つのものという認識になりますから。

「隔たり」の語感に差があるような。
生身の人間が(今の地球人が)意識できない予測上の存在を隔たれていないというのは
どういう感じでしょうか???

> 外からの観測者は量子力学で言うところの電子の2重スリット実験などでは電子の状態を確定するのに必要かも知れませんが、お互いの時間を決める相対性理論では当事者通しが観測出来ればいいのではないでしょうか?

それはもちろんです。


> 「我思う故に我あり」じゃないですけど自分が存在していることは実感出来ます。

> 世界における自分の状態ですが、それを推し測るのは他社との相対的関係。

よくある指摘ですが「自分を意識できる」という前提無しに「我思う故に我あり」は成立しませんよね。
「我」を規定する根拠が「我思う」という事は、「我」が存在するのに「我」が存在する事を説明する必要はありません。

僕は、デカルトはそういう環に人の意識が閉じているという事を言っているんだと思います。
なので「認識できる」事が前提であり、それは自分を相対的に観測できるという事では無いと思います。あくまで自分が相対的だと認識できるという事でしかないと。


> そこで観測者が必要となります。
> その観測者は既に存在が分かる者通し(実在してる者)でいいと思います。
> 観測出来ないから存在しないではなくて、存在してるけど観測出来る範囲しか干渉出来ないって感覚を持っています。
> 世界俯瞰出来る存在があるとしたら神と呼んで差し支えないと思います。
> 世界を俯瞰しても全てが見えるってだけだと思いますけど、、、


「存在しているけど観測出来る範囲しか干渉出来ない」
なるほど。めろん王さんの認識を理解しました。


2019/3/3 20:47  [2194-3557]   

 めろん王さん  

私の話よりもいい表現を見つけました。

時の流れが川だとします。
川岸に広がる山が見えてる(認識している)間は時の流れが感じられます。
その川の幅を広げていきます。
いずれ川岸の山は見えなく(認識出来なく)なります。
見えるのは(認識出来るのは)川面の水だけです。
時が流れているのは現実ですが認識することは出来ません。

また別の話、
今を私達は認識しています。
今の私達は1週間前を思い出す(認識)することが出来ます。
1週間前に友人に騙されたとします。
今の私は騙されたことを認識しています。
騙された1週間前の私(本当の私)を思い出す(認識)することも出来ます。
1週間前の私の今は騙されていること(本当だと思っている私)に気付けません。
1週間前の私も今の私が思い出している私もどちらも実在した私です。
あえて言えば視点が違うのかもしれません。
認識についての情報が変わっても実在するための情報は私の意識にとっては必要てはないということです。

2019/3/3 23:21  [2194-3561]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

>時が流れているのは現実ですが認識することは出来ません。

その状況で認識できなくなるのは時間の流れでは無くて現在位置ではないでしょうか?

この喩えの元の文にはもしかして、これが語られる前提条件があったのではありませんか?
その文脈無しではこの喩えには意味が無いというか、なにの説明にもなっていないように思います。


>騙された1週間前の私(本当の私)を思い出す(認識)することも出来ます。
>1週間前の私の今は騙されていること(本当だと思っている私)に気付けません。
>1週間前の私も今の私が思い出している私もどちらも実在した私です。

このお話では、現在の私は一週間前の私の記憶にアクセスできることが暗黙の前提になっています。逆に言うと、記憶とか記録が私が過去に実在したという根拠になっています。

この喩えに出て来る私に関する全ての情報が失われた時私は実在したと言える何かは残りますか?
残らない場合、それでも実在したと言える根拠は何になりますでしょうか?

2019/3/3 23:52  [2194-3562]   

 めろん王さん  

>その状況で認識できなくなるのは時間の流れでは無くて現在位置ではないでしょうか?

時間の流れも認識出来なくなると思いますよ。
相対的な比較が出来なくなりますから。

>この喩えの元の文にはもしかして、これが語られる前提条件があったのではありませんか?

特にありませんよ。
時の流れを川の流れとして比喩的に表現しただけです。
時の流れと川の流れも同種のものではありませんが今の自分の視点からは時の移り変わり(変化)を認識出来ないという点を喩える為に使われている。

>このお話では、現在の私は一週間前の私の記憶にアクセスできることが暗黙の前提になっています。逆に言うと、記憶とか記録が私が過去に実在したという根拠になっています。

この話で言いたいのは、過去の私にとっての真実が現在の私から見ると変わってしまっているということです。
時の流れはそれぞれの時間が1枚の絵だとすると流れというのは絵から絵へと移り変わることだと言えるかも知れない。
しかし1枚の絵に喩えてしまうと絵は決定されているものだから真実は変わらないことになる。
真実だったもの(と思われていたもの)が現在になると変わってしまうのなら事象というのは今が存在する視点によって変わるものになる。
なので自己と世界は切り離して考えることは出来ない。
時間の流れというのは複視眼的な立ち位置が必要になるということです。
単独の時間ではなくて時間と空間の相関関係を考えるということになります。

>この喩えに出て来る私に関する全ての情報が失われた時私は実在したと言える何かは残りますか?

私の記憶から情報が失われるのと世界から失われるのとで意味が変わりますが、私の記憶から消えるだけでは実在したという事実は消せないと思います。
それは世界のどこかに残されていて空間には何かしらの相関関係による現実が残されているはずです。
例えば太陽がいきなり消失しても地球は8分20秒の間は重力を受けるだろうし、光も届いているし、気温も絶対零度にはならないと思います。

世界からを情報が消えるとしたら実在自体がなかったことになると思います。
その場合は相関関係にある全てのものが消えると思います。
太陽系創世記以降の世界は無かったことにされ太陽系がない世界が具現化すると思います。

2019/3/4 09:45  [2194-3565]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

あなたの例えには暗黙の前提が沢山有り、それらは人の前に明かされていません。
そられを後出しにされても、読む方は煙に巻かれるばかりです。

>時間の流れも認識出来なくなると思いますよ。
>相対的な比較が出来なくなりますから。

それを述べるなら時間の流れを認識するための条件を最初に提示する必要が有ると思います。

人間に対する時間の流れそのものの事ですか? そうすると、指のスナップでも心臓の鼓動でも歌でも、時間の経過が必要な動作(つまり時間が流れている証拠を得る方法)は喩え話的には何でも有ると思います。

あるいは実際の人間が感じる感覚的時間の流れの事を指して述べておられるのですか? 感覚遮断の話ですか?
もしそうだとすると、現在のこのスレッドに感覚遮断の話を持ち込む意味は何でしょうか?

あるいは別の何かを話されているのですか?


>世界からを情報が消えるとしたら実在自体がなかったことになると思います。

はい。そう思います。
より正確に述べると、無かったというより、有ったかな無かったか全く分からないと言うべきかもしれません。
喩え話に出て来る私は、行って見ればある時点における特定の原子と電子の位置情報です。
(ですよね?)
とすると、めろん王さんの仰る実在って、一体何の事になるのでしょう?


2019/3/4 10:35  [2194-3569]   

 めろん王さん  

ネオパン400さん、

暗黙の前提って例えばなんですかね?
意図的に明かしてない訳ではないんで聞いてもらえれば答えますが?
質問に答えているうちに元々の私が言っていた主旨が見えなくなってる気がします。
私が言いたいのは、
「時間は空間と一体のものでどちらかだけで決まることはない」
「世界が実在するために意識は必要なく意識は主観的に存在を確認しているに過ぎない」
という2点だと思います。
質問に答えているうちに色々と話してますが、、、
特に主張したいのは世界が実在するために観測者は必要ないということです。
時の流れというのは人類が主観的に時空の変化を感じているもので時空を1つの方向から見てるに過ぎないということです。

2019/3/4 11:02  [2194-3571]   

 ネオパン400さん  

めろん王さん

>「時間は空間と一体のものでどちらかだけで決まることはない」
>「世界が実在するために意識は必要なく意識は主観的に存在を確認しているに過ぎない」

これは同意です。そして別にこの2点に対しては私は何も質問をしていません。
そして
>特に主張したいのは世界が実在するために観測者は必要ないということです。

ここは構いません。

>時の流れというのは人類が主観的に時空の変化を感じているもので時空を1つの方向から見てるに過ぎないということです。

これは「時の流れというのは」という所が前提になります。
このお話では「時の流れ」を何と定義しているのでしょうか? まずそこを知りたいのです。

ここで述べられている「時の流れ」って実際の所何を指しているのでしょう?
人類が主観的に時空の変化を感じ無い時間の流れとは何ですか?
主観と述べますがここには人類が仕掛けた例えば時計や速度計等の観測装置も含まれますか?
星の運行も含まれますか? 光が届く事も含まれますか?
そしてこれから得られるめろん王さんの答えって本当にそうなのですか? なぜそう言えますか? と、私は質問します。


質問に答えるうちに話の趣旨がズレて行くように感じられるのは、この手の前提が設定される根拠が曖昧だからだろうと思います。

2019/3/4 11:21  [2194-3573]   

ご無沙汰です。

相当難しい話になっていますね。
相対性理論とは時間そのものの変化ではなく、粒子の変化ですよね?
さらに光速と同じ(もしくは光速を超える)場合で考えてしまうと理論が破綻してしまうので、光速の99.99%の速度で考えてみます。

光速の99.99%の速度で移動し続ける粒子は、静止時の1/70しか動かない(変化しない)計算になるようです。
粒子で構成され実体を持った時計の針の動きは1/70になるので、光速の99.99%の速度で移動し続ける時計が1分動作した時点で静止すると、静止している場所の時計は70分動作していて、その差は確認できる仕組みにはなっている理論だと思います。
少なくとも加速器を使った実験では、高速移動する時計の動きが遅れる事自体は実証済みだそうです。

光速の99.99%の速度で移動し続ける人間がどうなるか。
粒子で構成される実体ある人間の機能、脳の働きまですべて1/70になるとすると、時計の針の動きが1/70であることにも違和感を感じないまま、成長(老化)も1/70になると予測できます。
光速の99.99%の速度で移動し続けて、その中にある時計(1/70の動作)が1年動作した後に静止すると、静止し続けた人達は70年分老化(経過)していることになります。

実際には光速移動している人の老化が遅いだけです。
実体のない時間自体は変化しません。

光速100%に達した場合は、時計の針も脳の働きも老化もストップ、超光速の場合は想定しない理論でもあり、現時点では技術的にも実証できないでしょうけどね。

ただし、科学的知見で理解できる範疇でもあるので、その中に神や信仰は存在しないと考えてよいと思います。

2019/3/4 15:38  [2194-3577]   

 めろん王さん  

>これは「時の流れというのは」という所が前提になります。
このお話では「時の流れ」を何と定義しているのでしょうか? まずそこを知りたいのです。

私が引用した比喩的表現なので私の言いたいこととの共通部分があれば著者の意図は関係ないと思いますが、、、
一応、原文での定義は、「未来へと向かっていくにつれて「今」が移り変わっていく状態が「時の流れ」だがそれぞれの「今」を単独で見てしまうとそれらは「時の流れ」ではなくて「今」の集合体となってしまうかも知れない。
そうならない為には1つの事象でも様々な時間から見た複視眼的視点が必要になる。
だいぶ端折りましたが以上のようなことを書いています。
またそれらは比喩的表現であり時の流れというものは存在しないとも書いています。
以上が引用元の作者の見解ですが私の見解は「時の流れとは空間の変化量を人の意識という視点で分かりやすく捉え直すために擬似的に表現したもの」となります。


>人類が主観的に時空の変化を感じ無い時間の流れとは何ですか?
主観と述べますがここには人類が仕掛けた例えば時計や速度計等の観測装置も含まれますか?
星の運行も含まれますか? 光が届く事も含まれますか?

「人類が主観的に時空の変化を感じない流れ」と表現した記憶がないのですが「川岸の山を認識出来ない」という話でいいでしょうか?
川が流れている(時が流れている)のは事実です。
人は何らかの観測手段で川岸の山を見ることで時の移り変わり(空間の変化)を認識します。
人類の技術で観測出来ないほど離れると比較するものがなくなるので時の流れを観測することは出来なくなります。
しかし水面を見ると川は流れている(時間は流れている)。
それは人の観測とは関係ない。
時間の流れは人の意識とは関係ないということを説明したくて川の流れを引用しました。
引用せずに自分の言葉で書くと、
「あらゆる物質が相互に影響しあい物理法則と整合性を保ったまま空間が変化していく様子で、それは人類が主観的に流れを感じなくても意識の外で進んでいく、それが人類が主観的に時空の流れを感じない時間の流れだと思います。

主観には時計や光も含まれます。
それらを含めた2者間の変化量の差が世の中で言う時間の差だと思います。
簡単にいうとそうですが、現実には2者間だけでは整合性は得られず世界全体の相互作用まで話は広がると思います。

>そしてこれから得られるめろん王さんの答えって本当にそうなのですか? なぜそう言えますか? と、私は質問します。

現時点で私はそう考えています。
何故か?というのは人の意識と世界の存在をリンクさせる必要がないということでしょうか?
私は人の意識はニューロンの発火が引き起こすと考えています。
それは単なる物理現象で何らかの特別な意思や力が働いていると思わないので事実と思われることを自分なりに積み重ねたことによる想像が私の現時点での主張です。

2019/3/4 18:03  [2194-3579]   

 めろん王さん  

カラミタイさん、

私の最初の疑問の一つは時間が独立した物差しであるならば(護送船団方式のように宇宙が1つのものとして全体で時を移ろうならば)遅れた時計はどの時間に所属するのか?ということでした。
時計が過去のものであるとすると現在あるはずの時計は何処に行ってしまうのか?
時間の物差しが一定ならば複数の時間に同時に存在する時計がなければ説明がつかないのでは?というものでした。
そういうところから空間が影響を与え合う合う時間は速度によって変わるし同じ時間帯に存在し続けるものでないと考えました。
時間というのは人間が便宜上取り入れた架空の物差しだと考えています。

2019/3/4 18:13  [2194-3581]   

>遅れた時計はどの時間に所属するのか?ということでした。

GPS衛星搭載の時計は、高速移動による影響で地上の時計に比べて1秒間に100億分の2.55秒ゆっくりと時を刻み、地上よりも重力の弱い所を回っている影響で地上の時計に比べて1秒間に100億分の7秒速く時を刻むそうです。

差し引き、地球上の1秒間に対し、100億分の4.55秒早く進んでしまう空間にいることになります。
しかし、未来空間(が存在するとして)に移動してしまうわけではありません。
GPS衛星は同じ時間帯・空間に存在し続けます。
これは、時間そのものが変化しているわけではないことの証明にもなると思います。
(原子時計だとして、原子の振動量が変化するという物理現象でしょう。)


>時間というのは人間が便宜上取り入れた架空の物差しだと考えています。

うーむ。実は時間そのものを説明するのって、難しいですよね。
学問上は時間は不変であることが前提なので、それが可変という理論が登場することはないかと。

前述した光速移動による(ウラシマ効果とも)未来へ行ったという錯覚は想像できますけどね。

科学的知見の外側にあると思いますが、そこに神の存在を信じる領域があるのでしょうね。
そこで神の存在を否定するのも、夢があるし科学の進歩の第一歩なのかもしれません。

2019/3/4 20:50  [2194-3590]   

 めろん王さん  

>GPS衛星は同じ時間帯・空間に存在し続けます。

うーん、しっくりきてしまった。
冷凍食品が日持ちするようなもんですかね?
時空などという壮大なものじゃなくて単に素粒子の活性の違いみたいな、、、

2019/3/4 21:06  [2194-3593]   

 ネオパン400さん  

えーっ。ずっと共通の認識だと思っていたのに…
膝から力が抜けた。

2019/3/4 21:25  [2194-3596]   

 めろん王さん  

私も何か力が抜けてしまいました。
だって素粒子の振動でも説明が付いてしまうんですもの。
時空の相関関係を否定された訳じゃないですけどね。
ちょっと頭を整理してどっちでも整合性がつく方法を考えたいです。
たぶんシンプルなほうが真実に近い!
と、思う。

2019/3/4 21:29  [2194-3598]   

 めろん王さん  

あと、誰もツッコまなかったので曖昧に(空間と共にある)物質も空間(物理で言う)も同じに扱ってきましたけどソレも切り分ける時が来たようですね。
それと電子や素粒子の距離?も。

2019/3/4 22:04  [2194-3602]   

スレ主 ミッコムさん  

うーん、、、

そもそも、想像上の死に対する恐怖とどう向き合っているか、という話だったと思うんですが、
皆さん今のスレッドの結論に納得感あるんですか、、、、?

肉体があって初めて無意識から意識が芽生えるという前段に対して、
肉体が無くても存在し続けるという事を確かめたわけだけども、
それって、「肉体が恐怖を感じるから肉体を無視する」という事になんない?

肉体があって意識があるという考えに従うなら、肉体から喚起される恐怖は
「私」という意識がどう世界を理解しようとも肉体から喚起され「私」は恐怖すると思う。

話を逸らして実際に「私」が感じている恐怖とは向き合っていない気がするんだけど、
どうだろう。補足していただけたら幸いです。

例えば、愛する人が殺されても「物質という形に戻っただけでそこにいる。何も悲しくない」と割り切れる?
なんかそういう肌感覚と並走して説明して欲しいと思うんです。

2019/3/5 00:48  [2194-3607]   

 ネオパン400さん  

ミッコムさん

全員納得の結論は別に出てはいないと思います。

人の意識が生まれるために必要な材料はその人が生まれる前からこの世にあり、その人が生まれ意識を持ち、やがて死んでも材料はしばらく(宇宙が熱的平衡に至るまで)残り続ける。

という所までは、そらそうだろうと思います。
因みに上記理解においては、意識は死ぬと無くなります。

愛する人が死んだら、材料が残っても悲しいことに変わりはありません。
愛していたのはその人の材料では無くて、その材料が構成していた状態だからです。
って理解です。(私(ネオパン400)の理解)

長々質問してたのは、単に他の人のモデルを知りたいからで、どうやって整合性を保っているのかそのモデルを再現してみたかったからです。理解できないというのは自分にとって毒なんです。

因みに個人としては神を信じていない訳では無くて、信じたいとは思っています。でもそこに至るモデルは構築されていないという感じです。神とは何なのかとかね。

2019/3/5 11:02  [2194-3613]   

 めろん王さん  

ミッコムさん、

>例えば、愛する人が殺されても「物質という形に戻っただけでそこにいる。何も悲しくない」と割り切れる?

私が若い頃に友人が亡くなった時は悲しかったのですが大きな喪失感というものは感じませんでした。
前に話しましたが私が40才の時に父親が死んだ時は喪失感を持ちました。
特別に仲のいい関係ではなかったんですけどね。
共有した時間も友人のほうが大きかったし悲しみでいえば友人がなくなったときのほうが大きかったように思います。
父親を亡くした喪失感は「これから先の時間は父親は存在しないんだな、もう同じ空間にはいないんだな、何処にもいないんだな」というリアルな実感か、来てたと思います。

父親って何だったんだろう?
父親の意識(正体)って何だったんだろう?
そんな風にも思いました。
私が30才の時に父親が脳梗塞で倒れ別人のように性格が変わった話はしたと思います。
私は脳の創発ということで納得しました。
一部が失われたとしても父親は父親なんだと。
指を欠損しても父親は父親と思えるのと同じように思えました。
今回は指ではなくて脳細胞なんだと。

死後、私が生きていく時間に父がいない喪失感は時間を紙芝居ではなくて1枚の大きな絵と考えることでなくなりました。
時間を区切ると居ないという喪失感になりますが、過去も未来も状態が変化しただけで1枚の絵と考えると喪失した訳ではなくて状態が変わったと見ることが出来ると思いました。
意識が具現化してる期間がなくなった訳ではないんだと思えました。

カラミタイさんのいうように世の理は原子の振動かも知れません。
しかし私の中で今までの考えが完全に消えた訳ではなくて新しい考えを消化出来てない状態です。
なので感覚としては今まで通りです。

2019/3/5 13:24  [2194-3616]   

「肌感覚」と言っても、中々ありませんが、ひとつ書きます

5年程前、叔父さんが亡くなり、法事の際に息子さんが話されてたんですが・・・

「亡くなる2〜3日前に、叔父さんから、夜、親戚が出て来てこちらへ来い、と言われたんだが 行って良いんだろうか?」

と、尋ねられたそうです、夢か現実か解りませんが、所謂「お迎えが来た」というものなんでしょうね、それを聞いて私は
「やっぱり、そういう事はあるんだな」と思ったものです。ちなみに、趣味は「人と話す事」で、とても良い叔父さんで
私は好きでした


さて、ミッコムさん、今でも「死ねば灰になるだけですか?」 少し書きます

「故 松本 智津夫」

死刑になりましたが、どうなってるんでしょ? 灰になっているだけ? あれだけの大罪を犯して?

「来世」のようなものがあり、その大罪を清算し且つ真っ当な人間にする世界に存在しているのではないでしょうか

そして、この事から誰も逃れる事は出来ない、宇宙の物理現象を支配しているのと同じように、こういった
システム?を支配しているのが、他ならぬ神だと思ってます

2019/3/5 23:36  [2194-3631]   

肉親や身近な人が亡くなる時に不思議な体験をした人は結構いるかと思います。
虫の知らせというものでしょうね。
ただそういう不思議な体験をしたのにも関わらずあの世とか霊の話になるとまた別のようで(そういう体験をしても信じない)

私も父が亡くなる前に不思議な体験をしています。
例えば亡くなる数日前に父が電車に乗っている夢を見るのですが他の席にも一杯人がのっており他の人は全部のっぺらぼうでした。

で父が危ないというので一日いたのですが夜遅くなってしまってまだ持ちそうだったのでアパートで(すぐ近くだったので)一休みするために帰路についたのですが其の帰り運転するクルマのなかで電車が線路を走る音がハッキリ聞こえてきて(近くに線路はありませんでした)なんだろう?と思って其の次の日の朝早くに父が亡くなったと電話が掛かってきてすぐに飛んでいきました。今でもそばにいればよかったとちょっと後悔しています。

今考えてみればあの電車の音はあの世から父を迎えに来た合図だったんだなぁと。

まあ結局あの世があるかないかは自分が死んで見ればわかることだと思うのです。
あの世なんかないと言っている人たちは自分の考えを周りに認めさせたいだけの事だと思います。
あるかないかは自分の目で確かめればいいことですので周りに証明する必要性はありません。

ただ個人的にはあの世は信じている方ですがあの世も来世もないほうがいいと思っている方です。死んでまた生まれ変わって人生やり直すことほど面倒なことはありませんからねw
人生なんか一度だけで十分です。

2019/3/6 00:05  [2194-3633]   

□ぷりんさん


ひとつ、お伺いします、常識的な?話です

「生まれつき、盲目の人は誰が決めるのでしょうか?」

遺伝子が、何の意志もなくその仕組みに従っているだけ?
それとも決めているのは神?

何の意志も介在せずに盲目になって生まれるのでしょうか?
だとすれば、あまりにも酷すぎるように思えてなりません

さて、どうでしょうか・・・

2019/3/8 20:47  [2194-3661]   

 めろん王さん  

なんの意志も働いてないと思いますよ。
意志が働いてたほうが酷くないですか?

2019/3/8 21:56  [2194-3664]   

意志は働いてませんか、単に運が悪かった、という事でしょうか
それは、あまりに酷だと思うのですが・・・

2019/3/8 22:01  [2194-3665]   

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