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「縁側」-みんなが作る掲示板-からのお知らせ
縁側からのお知らせ

縁側をご利用いただく際のルール&マナー集を用意いたしました
ユーザーの皆様に楽しくご参加いただけるよう、主に投稿時の注意点などをまとめています。
ご投稿の前には必ずご一読をお願いいたします。詳しくはこちら⇒「縁側 ルール&マナー

紹介文

建ててみました。
取り敢えず、誰でも書き込める状態にしますが、刑事訴追の恐れがあるとかなら、ポリシー変更の権利は留保します。

今のところ、時事ネタがメインテーマです。

主張なら、ソースなり、論理なり、を明示して書いていただければ、と思います。
感想なら、できるだけ短くお願いします。
共に、ヒデェ(特に同じことの繰り返し)と思ったら、サクッと削除します。

なお、カメラの話は、基本的に歓迎しません。ただし、写真論は、その限りではありません。

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あれこれどれの縁側の掲示板に
あれこれどれの縁側の掲示板に新規書き込み

メディア論・作品論・作家論のスレッドです。
ここで作品とは、おおよそ、表現と名が付くものなら何でもあり。
メディアについても、表現の媒体になり得るものなら何でもあり。
作家の定義は難しいのでパス(^^;)。従って、何でもあり。かも?

出典は忘れたのですが、最初のメディアは沢山集まった人間だ、と言うのがあって、それが印象に残っています。
個人的には、メディアのあり方として、仮ですが
向き合うもの(いわゆる、インスタレーション?)
書かれる(た)もの(いわゆる、エクリチュール?)
語られる(た)もの(いわゆる、パロール?)
みたいな「極」と言うか「軸」というのがあるのかな、妄想しています。具体的なメディアや作品や作者は、どこかに位置付けられる?

実際、その作品や作家はそのメディアの特性をどう引き出しているのだろうか、みたいなことを思うことがあります。メディアミックス展開なら、なおさら。あと、印画紙とディスプレイの違いとか。

もっとも、皆さんにおかれましては、そういう、妙な思惑は置いといて、気になっている、メディアについて、作品について、作家について、気ままに語っていただければ、と思っています。

一言?だけ
正直言って、ちょっと勘弁して( ´△`)、というトピックもあって、いくつか、例示しておきます。

便所の落書きは作品か否か?
XXというレンズ/カメラ/メーカー/カメラの様式は「空気」を撮し取れるか?(作家はその限りではないかも?)

とりあえず、盛大な書き込みをお願いいたします。

2018/12/28 21:11  [2194-1790]   

 めろん王さん  

私は後で見返したいと思う記録が載っているか、よほど残したいと思わないと本は捨てちゃいます。
それとプレミアが付いてる本かな。
私は読む時に邪魔なのでカバーを外しちゃうんです。
その日のうちに読み終わる漫画はキレイなので古本屋で売りますが小説や活字本はたいていボロボロになり捨てちゃいます。
中にはもう一度読みたいと思う本もあり買い直したりすることも珍しくありません。
貴志祐介が書いた【青の炎】は10回以上買い直してるんじゃないかな?
1番長く手元にあったのは小学生の頃に買った藤子不二雄の【ポコニャン】でした。
35才ぐらいまであったと思ったけど実家に置いてたらいつの間にかなくなってました。
今ある中で1番古いのはカールセーガン、アンドリューヤンの共著【ハレー彗星】かパソコン雑誌の【コンプティーク】です。
【コンプティーク】は捨てる機会を失っただけですがたまに開いてノスタルジーに浸ったり、違う人生を選んでたらどうなってただろう?とか空想したりするのに役立ってます。

【キャントバイミーラブ】と【タイムアクセル】という映画が好きですが【キャントバイミーラブ】は海外版とVHS日本語吹替版しか持っていません。
【タイムアクセル】はVHS日本語吹替版とVHS字幕版を持っています。
両方とも日本向けDVDが発売されてなかったり高かったりしてDVDを買えないんですよね。

DVD化されてませんが所有したいと思っている映像は【世にも奇妙な物語 過去からの日記】と【泣きたい夜もある 僕だけの女神】です。
この2つはキレイな映像で手に入るなら50000円ぐらいまでは迷わず購入します。

2018/12/29 07:16  [2194-1801]   

私は、もう読まないとわかった本は、まとめて、ブックオフに売りに(自分の中では捨てに)行きます。
ダンボール箱単位ということで、車に載せて自前の台車も積んで…。
それ自体は、ブックオフ以前からやっていたのですが、その当時は、世の中的には異端だったようで、古本屋さんからは、怪訝な、下手すれば敵意を含んだ、目で見られたものです。ブックオフが普通になったことで、ようやく、時代が私に追いついたのだ、とか思ったりしました。(*^^*)

本と言えば、日本の場合は、電子ブック化が遅々としているように思います。新刊は、まず紙で出して、みたいな感じで、電子ブック版を待ちきれず、紙バージョンを買ってしまうことも多々あります。で、手元におきたくなった本は、結局、電子ブック版を買い直すとか…。

電子ブックですが、この前、読まないのを、まとめて、捨て(クラウドからも削除し)ました。それでわかったのが、今のところ、電子ブックこそ、自分で手を下す必要がある、という、単純な事実でした(笑)。

2018/12/29 07:56  [2194-1803]   

藤子不二雄と言えば、「分裂」で有名ですが、公表前には、一般読者の間では、どんな憶測が出ていたのだろうか?
ウィキペディアによると、「白い不二子」、「黒い不二子」、みたいな話は出ていたようですが、絵柄の違いによる指摘(「純化」とか)については、どうだろう?
改めて、ざざっと比べてみたのですが、私のボンクラな目には、さほどは…(*_*;)
もちろん、キャラやストーリーに合わせた、みたいなのはあるけど。

多分、他の人の作品だと思うけどこんなのも…どちらかというと、藤子不二雄(A)風?
https://bokete.jp/odai/3423298

コミック作品の属人性って、一義的には、どこにあるのだろうか?
メディアでは、一概に、一括りにはできないものだろうか?

2018/12/29 10:08  [2194-1806]   

ブックオフと古本屋さんの関係とは別の場所、物語を公開する場はインターネット時代で変化だね。

インターネットでラノベ?公開Webサイト?が幾つも存在する様だ。
以前は本の会社に原稿を持ち込んで本にして貰えるかだったんだろね。

しかし、ラノベのWebサイトでは、1話1話連載されるなかで、
サイトに登録された人々が感想や意見を作者に発信出来る様だね。
編集部がインターネットに広がった感じなのかもね。

で、Web版が書籍版やコミックス版やアニメ版と進行しBlu-ray版やDVD版に成って広がってる様だ。

Web版から親しんだファン層は書籍版やコミックス版やアニメ版と進行して行くのを
見守れるんだろうね。

2018/12/29 11:07  [2194-1809]   

 めろん王さん  

えっ!?
古本屋にダンボールで持ち込むと白い目で見られるんですか?
普通にやってた、、、
3箱とか。
藤子不二雄め1番好きなのは【カンビュセスのクジ】てすがどっちなんだろ?
Aかな?
Fかな?
ラノベもいいけど味が出てるのは小説かな?
【ぼくは明日、昨日のきみとデートする】と【時尼に関する覚え書】を読み比べると感じやすいかも。

2018/12/29 13:37  [2194-1820]   

 めろん王さん  

電子書籍ですがKindle paperwhiteの画面はいい雰囲気で気に入りました。
しかし検索が大変。
結局、埃をかぶってます。
日本語の読み上げ機能が付けば利用したいんだけどな。

2018/12/29 13:55  [2194-1823]   

売っている本を見ても、まぁ、普通っぽい感じのところばかりなのですが、地域差かも?
今は、ブックオフに押されて残ってはいない気がします。

「カンビュセスの籤」は、藤子・F・不二雄みたいです(名義は藤子不二雄)。
藤子不二雄に関するウィキペディアの記述によれば、彼が青年向きをやってみた時期の作品のようです。
絵柄はこんな感じ。やっぱり、F?

https://twitter.com/uran120/status/97426
8605427679232

https://twitter.com/kuno_toriazo/status/
869972841642377216

2018/12/29 13:59  [2194-1824]   

Kindle PaperWhiteは、いまだに、愛用しています。
普段使いのタブレットがでかいので、持っていくのが億劫なので。
どうしても、電子移動になることも多々あるので。(^_^;)

写真と比べて、本は、紙とディスプレイで、あんまり、違う感じがしないのは、なぜだろう?
それとも、そう思うのは私だけ?

2018/12/30 17:25  [2194-1863]   

ラノベですが、インターネットで発表という場合、普通は、スマホで見ることが前提のように思うのですが?

# 実は、ラノベどころか、小説はあまり読まない(特に最近は…)(-_-;)
# 小説といえば、最近、読んだのは「帰還兵の戦場」シリーズくらいか…
# そもそも、洋物(の翻訳)が主体なので…

スマホと本やタブレットでは、見た印象がまるで違う気がします。その昔、いわゆる、ケータイ小説を単行本化しようとして、かなり、苦労した話を出版社関係の人から聞いたことがあります。
今は、最初から、スマホでも本でも行けるような文章作法が確立されているのかな?

ウィキペディア的には、ラノベについては、いわゆる小説との違いは曖昧だとか書いてあるようです。最初から単行本化されているのを前提にしたような感じですが、この理解の方が正しい?!

2018/12/30 17:59  [2194-1864]   

紙という物と液晶モニタなど発光物体とでは、
人間の目に映る印象が異なるのでしょうね。

CRTや液晶モニタは表示は垂直同期周波数という存在があり点滅しているのだろうと思う。
DisplayPortの登場で垂直同期周波数固定の楔から解き放たれるのか?

それに、光の三原色と、色の三原色は、異なりますよね?
赤・緑・青と、マゼンタ・イエロー・シアンの、三原色の違いは永遠に相まみえないか。

2018/12/30 18:52  [2194-1867]   

元々は、スマホと本屋タブレット、ということで、表示範囲の違いを言ったつもりです。(^_^;)
紙とディスプレイ、そんなに違いますか?
個人的には、あんまり違いは…。むしろ、PCとタブレットで、タブレットは縦表示ができるのが、大きな違いと感じてます。PCにもKindleアプリは入れていますが、コンテンツのメンテ(削除)とか購入にしか使わないです。
この辺は、個人差が大きいのだと思います。

電子ブックといえば、日本語コンテンツで固定レイアウトが多い(ほとんどすべて?)が気になっています。可変レイアウトだと、PCでも見ても読みやすいことも多いので(今の所は横書きのみ)。
これは、縦書き(または日本語表示?)の根源的な問題なのだろうか?単なる出版社の手抜き?

2018/12/30 19:59  [2194-1870]   

 めろん王さん  

私は紙とディスプレイは大きい違いを感じます。
Kindlepaperwhiteはいい感じに思いましたがタブレットやスマホは嫌な感じしてます。

2018/12/30 20:44  [2194-1872]   

これもメディア論の守備範囲?

テレビ局は危機対応が遅い「茹でガエル」だ
スカイマーク佐山会長「まだ危機感がない」

https://toyokeizai.net/articles/-/253337


個人的には
もう遅い!!
の一言に見えるけど…

本来、放送が意味を持つのは、元々、ニュースとか(CMを含む)アナウンスに限られると思うし…。ドラマとかも、新作のアナウンスメディアと割り切って、あとは、VODで稼ぐ(もれなくCM付きにして客からは金を取らないとか…)モデルにして欲しい。

2018/12/30 20:45  [2194-1873]   

これも、Kindle版への誘導の一環?!

アマゾンの「あわせ買い」、対象拡大で雑誌に波紋
https://www.sankei.com/life/news/181230/
lif1812300028-n1.html


そうなると、いわゆる、大判雑誌はやりにくくなるような気がします。実際、大判雑誌の類のKindle版を何回か購入したことがありますが、極めて見ずらかった…(>_<)ので、この前、クラウドからも、バッサリ、削除しました。元々、雑誌は買わないのですが…。例外は、NewsWeekの日本語版くらいか。これもそういう理由で紙で買って見ています。

フォーマット(仕組み)の面からも、出版物の変革は進むような気がします。
大判雑誌(相当)は、スマホで受けてTVに映す、とかですね。それで、中型TVの高精細化は進むかもしれません。2Kだと解像力が足りないのがわかると思うので。それが、コンテンツそのものに作りにも跳ね返ると思います。

2018/12/31 08:06  [2194-1883]   

めろんさん

> 私は紙とディスプレイは大きい違いを感じます。
> Kindlepaperwhiteはいい感じに思いましたがタブレットやスマホは嫌な感じしてます。

どんな感覚でしょうか?
よく言われる、ギラつき感みたいなものかな?

私自身は、長年のVDT労働のせいで感覚を痛めたのか(^_^;)、あまり、違和感を感じないのですが…。
もちろん、Kindle paperwhiteが、割と暗いところで目に優しい、というのは、感じます…。

2018/12/31 10:00  [2194-1889]   

大判雑誌の件ですが、TVに飛ばす以外に、VRで見るというのもありそうですね。こちらの方が主流になる?
VRで見ることで、印刷物では、いまいち、希薄だった、インスタレーション性(向き合うものとしての意味)が出てくるような気がします。

写真の鑑賞に対して、俺の写真は大きなパネルに伸ばして見てくれ、みたいなことをおっしゃる人がいるようですが、そういう人々は、写真のインスタレーション性を重視しているような気がします。VRではどうなのだろう?やっぱり、不満なのかな?

2018/12/31 10:09  [2194-1890]   

 めろん王さん  

感覚なんで言葉で表現しづらいです。
ギラギラした感じというのはありますが他にもあるような、、、

2018/12/31 11:28  [2194-1895]   

めろんさん

そうですか…。
私の場合、マジで、感覚が鈍磨しているようです。
なので、VDTでの目の疲れについては、タイマー等で監視していないと…(;_;)

テキストとかだと、表示遅れとか残像とかは、あまりないような気もしますが。

2018/12/31 14:46  [2194-1910]   

 富士山3776mさん  

・ジャイアント馬場展 

渋谷東急本店でジャイアント馬場展見に行って来ました、ちなみに無料、等身大ジャイアント馬場が飾ってあったけど、本当にデカイですね。特に靴はデカイ。

展示品は、当時ポスター、名場面の写真、チャンピオンベルト、トロフィー、シューズ、ガウン等々、巨人時代のユニホームもあった。

馬場さんの現役時代を生で見たかった。

ところで書き込みはココで良かったのでしょうか?ちょっと違う気もする?

2019/1/5 00:24  [2194-2061]   

 富士山3776mさん  

・NHKスタジオパーク

入場大人200円、朝ドラや大河ドラマのポスター、名場面、実使用小道具台本等々、あと子供向けコーナー、スタジオパーク実使用のスタジオにも入れました。

懐かしかったのは、あまちゃんモロモロ、真田丸のオープニング曲、新選組、八重の桜とか。

今年のオリンピックをテーマにした大河ドラマも売り出してました。

私はやっぱり、あまちゃんが好き、当時は録画して一日3回くらい見ていた気がする、続編作ってくれないかな?

2019/1/5 00:35  [2194-2062]   

 富士山3776mさん  

・フェルメール展

上野の森美術館にてフェルメール展を見て来ました、今回は”牛乳をそそぐ女”が来ていたので絶対に見に行きたかったです。

正直ジャイアント馬場展、NHKを見た後なのでだいぶお疲れで、感覚が鈍っていたのが悔やまれる。

前回フェルメールの作品を見た時は、その時代に一瞬タイムスリップしてその場に居る様な気がしたけど、今回は同じ作品を見てもそこまでは感じなかった、疲れていたからでしょうか?

今回フェルメールの作品は8点来日していたけど、特に良かったのは、”牛乳をそそぐ女””手紙を書く女と召使”の2点。

フェルメールの作品で私が感じるのは、写真の様な瞬間の静止画では無く、その時代の一瞬の空間を捉えた作品に感じるんですよ、あとフェルメールは椅子に座って書いていたのか、目線の位置が意外と低いんですよね。

絵は正直小さいけど、本当に素晴らしい作品でした、写真では表現できない空間を描く画家ですね。

ちなみに、ジャイアント馬場展は男性が多数派、NHKは子供連れが多い、フェルメール展は女性が多かったです。

2019/1/5 00:56  [2194-2063]   

3776さん

どうもです。

> ところで書き込みはココで良かったのでしょうか?ちょっと違う気もする?

良いのではないでしょうか。
ジャイアント馬場と言えば、創成期にあった日本のテレビメディアの超優良コンテンツの一つであったことには違いがないので…。かなり、強引かな?

> 馬場さんの現役時代を生で見たかった。

当時の記録映像などを見ると、本当に人々がテレビの前に釘付けになっていますね。
個人的には、芸人のイジリネタ、というイメージが強いのですが。(^_^;)

2019/1/5 07:49  [2194-2064]   

3776さん

> フェルメールの作品で私が感じるのは、写真の様な瞬間の静止画では無く、その時代の一瞬の空間を捉えた作品に感じるんですよ、

おそらく、本人には、その気は「なかった」と思うのですが…。でも、その作品は雄弁に時代(の一瞬)を物語っている…。
よろしければ、もう少し、書いていただければと。(^^)/

写真が切り取る「時代」と、絵画が描き込む「時代」…。なんとなくわかる気もするのですが、それはどういうこと?、と考えるとわからなくなってきた(^_^;)。私の感性の程度に問題があるのでしょうね…(自爆)。

> あとフェルメールは椅子に座って書いていたのか、目線の位置が意外と低いんですよね。

なる。

2019/1/5 08:11  [2194-2065]   

写真と絵画…
ググってみると、こんなのが…。ちょうど、フェルメールが引き合いに出されています。

http://photocell.la.coocan.jp/kaiga1.htm
l


フェルメールは、カメラ・オブスクラというものを使って下絵を作ったようで(この話、前に見たような気がする…)、視点が低いのはそのせいかもしれないですね。こういうツールで、人間の目の高さ、というのは、かなり後の時代の話のような気がします。

P.S.

本当の写真を下絵に、と言うと、ドガなんて人が有名だったような?
カメラ・オブスクラと違って、カメラはレンズを使うので、レンズによる画像の歪みも、しっかり、描き込まれていたみたいです。

2019/1/5 12:20  [2194-2076]   

風の谷のナウシカ
たまたま、東京地方で(?全国?)放送されたので、録画して見ました。
見返して、ほとんど、小学生の感想文(自爆)ですが…。

[2194-1991] でめろんさんが

> ジブリは所詮アニメなのに売れ過ぎて変にテーマが後付けされちゃった気がする。

と指摘されたように、この作品、そんなにテーマ性が重要かつ先進的(だった)のかな、と感じました。元々は、それほど感じていなかったし。

もちろん、最初に作られた時から、かなりの時間が経ってからの視聴なので、その間の価値観や知見の変遷があるので、フェアではないのかもしれません。また、作品のテーマ性とかは、受け取る側が「発見(往々にして創作や悪くすると捏造)」するもの、という側面があると思いますから、世の中の解釈が間違っているという気はないです。

ビジュアルは、いつ見ても見事、というのは当然として、前に見た時から思っていたのは、ナウシカとトルメキアの皇女クシャナとの関係性です。エピローグは、何を表しているのか、みたいなことです。風の谷のリーダーとなるナウシカは、クシャナから、リーダーとしてあるべき、胆力や常に大局を(も)見ていること、を学んだのかも、と思いました。ナウシカは、元々は、ボトムアップな見方をする(それゆえに鋭い観察眼を持つ)と言うキャラ設定だと思います。
印象に残ったのは、クシャナがクロトワに、巨人兵を「今使わずにいつ使うのだ」と言うシーン。これ自体は、指揮官とその部下(クロトワって、思ったより偉いのですね…初めて知った…)の視点の違いを語るもの、としてありがちだと思いますが、ここがキャラを語るポイントかもです。

P.S.

ウキペディアによれば

「原画として参加した庵野秀明は、後に作中の登場人物クシャナを主人公にした外伝を作りたいと申し出るが、宮崎駿は庵野の企画を「戦争ごっこをやりたいだけなのだ」とし、「くだらない最低のものになるのが決まっているから」と却下していた。しかし2011年頃になって宮崎がアニメ映画『風立ちぬ』制作中に体調不良で病院で検査することになり、その際に死を覚悟して心変わりを起こす。庵野が『風の谷のナウシカ』をやることを許す気になり、宮崎は自分も亡くなった人の作品を原作にやりたいようにやったのだから、庵野もやるのなら原作通りではなく好きなようにやることを希望した。」

この辺は、宮崎駿と庵野秀明の、良くも悪くも、世代の違いを反映しているのかもしれない、と思います。

2019/1/5 17:15  [2194-2090]   

 めろん王さん  

宮崎駿は漫画のほうでアニメとは違うテーマを描いてると思うんです。
アニメは人類の自然破壊に対する警鐘。
漫画は皮肉な描写?
正義や悪じゃなく1個の命のふてぶてしさや、それぞれの種族の立ち位置の変遷、ありのままの現実?
私はそれぞれの思想というか価値観には上下はないと思いますが同じ作品でテーマが変わるとこを見ちゃうと取ってつけたようなメッセージなんだろうなって思っちゃいます。
それが悪いとは言いませんけどね。

2019/1/5 20:22  [2194-2097]   

実は、コミックの方は見たことがありません…(*^^*)

> 同じ作品でテーマが変わるとこを見ちゃうと取ってつけたようなメッセージなんだろうなって思っちゃいます。

私は、かなり、ひねくれているようで、取って付けたメッセージで本当に悪いのか、と思ってしまいます。
世の中の「作品」って、すべからく、メッセージを読み取るべきもの、もっと言えば、そこで評価すべきものか?です。

もちろん、それはメディアによっても違うとも思っていて、とにかく金がかかって、結果、スポンサー(いわゆる社会主義国なら政府の類)の発言力が大きい映画(アニメを含む)では、メッセージは、スポンサーが許すもの(往々にして取って付けたもの)に限定はお約束、小説とか絵画みたいな属人性の高い(とされるもの)は、メッセージという切り口(それ自体は陳腐なものでも表現みたいなところ)で勝負しなくてどうする?みたいな偏見を持っています。

とは言え、映画やアニメでも、そこに(しばしば作品のメッセージとは異なる)独自のメッセージを潜り込ませられるのが、本当に「できる」作者なのだし、そこを読み取れるのが秀れた受け手なのかな、と思っています。そう思っただけで、どうなるものではないですが(自爆)。ただ、批評なんかは、そういう観点から読んでいたりします。眼から鱗が落ちた錯覚にも浸れます。

特に、表面的なメッセージとかモチーフだけで、乱暴に断罪するようなのには飽き飽きしています。ロボットものの戦争(バトル)アニメだから、好戦的、とか。好戦的と見えるのは、要するに現実が平和だから平気で書ける、で、あって、それゆえ、戦いは、いわゆる、書き割りみたいなものと思う方が、正しい見方だと思うのです。

そういう観点からすれば、コミックの方が、宮崎駿の生のメッセージに近いのだと思いますが、見たところ、どんな感じですか?何が新しくて何が興味深いか、彼は本当は何がしたかったのか、みたいなことです。

2019/1/5 20:52  [2194-2100]   

 富士山3776mさん  

ジャイアント馬場展、SNS OKと言う事なので、画像UPします。

戦後、力道山がプロレスのスーパースターとなり、次の時代を築いたのが馬場さんと猪木さん。

この二人の存在でプロレス界は大いに盛り上がった。

2019/1/6 00:33  [2194-2106]   

 富士山3776mさん  

フェルメールは1632年にオランダで生まれる、日本の関ヶ原の戦いが1600年だからその32年後と言う事、つまり400年近く前の作品ということになる。

約400年後の人を感動させるフェルメール作品、恐るべし。

2019/1/6 00:57  [2194-2107]   

> 約400年後の人を感動させるフェルメール作品、恐るべし。

なのですが、そう感じるのは、一つには、我々、日本人が、明治維新みたいな、文化的な断絶を経験していることも大きいのかな、と思います。広く言えば、Western Impactというやつです。それで言うと、「中国の夢」とか抜かしている、中国も、そういうところでは、相当に「洋化」が進んでいて、「日本文化はツギハギだけでできていて、所詮、根が浅い」なんて抜かすのは片腹痛いかもです(暴言)。
当のヨーロッパ人にとっては、400年前は、昔には昔だけど、さほど、断絶した感覚はないのかも、と言う気がします。フェルメールの時代というと、絵画技法的には、現代と連続性があるようです。

文化の強(したた)かさ、というと、むしろ、インドだと思います。日本や中国と違って、インドは、丸ごと、イギリスの植民地になったわけですが、例のインド映画なんかは、400年前に映画があったとして、こんなのを作っていたんだろうなぁ、みたいに思えます。あと、見事に、カトリックをねじ伏せた、マヤ文明とかも?

なお、日本だと、1000年以上(近く)前に?!、と思ったのは、京都の三十三間堂に置いてある、木像のいくつかです。クソがつくほどのリアリズムの極致みたいなのがあります。立体なので、ある意味、「不気味の谷」の領域かもです。何年か前に、六本木ヒルズで見た、ティム・バートンの作品(フィギュア)みたいな感じでした。その時代に、宗教に様式化されない作り方ができたのも、日本文化の持ち味なのかもしれません。

2019/1/6 07:59  [2194-2109]   

昔?のプロレスのイメージというと…
アメリカ(とメキシコ)、(今で言う)裏社会、覆面(発祥はメキシコらしい?)
ですね。(^^;;

この中で、健在っぽいのは、覆面かなと思います。ザ・グレート・サスケ、とかも健在なようです。また、いわゆる、地方プロレスには多いようですね。
なんとなく、今は絶滅が危惧されているらしい「ナマハゲ」なんかに通底する気もする(マレビト信仰というらしい)のですが、どうだろう?
考えすぎ?

2019/1/6 09:38  [2194-2111]   

作品のメッセージ(テーマ)性と言うと、ゴジラを思ってしまいました。(*^^*)/

ハリウッド版(新バージョン)の「Godzilla」は、非西欧世界の台頭(の脅威)、みたいなのがテーマ(それに対して西欧世界はどう立ち向かうべきかがメッセージ)、「シン・ゴジラ」は、日本のトップダウンの意思決定の頼りなさとボトムアップの底力、がテーマ(その底力の対処範囲をも凌駕する脅威に対して何ができる?と言う問いかけがメッセージ)、だとは思います。共通するのは、アメリカと日本の立ち位置の違い、で、二つの価値観の通訳的立場のキャラが、ハリウッド版の渡辺謙、シン・ゴジラの石原さとみ、かなと思っています。

旧バージョンのハリウッド版も基本的には同じですが、旧バージョンでは、ゴジラは、西欧世界への闖入者的立場だった(ので、侵入者として根を張ってしぶとく居座ることが示唆されている)のが、新バージョンでは、正面切った脅威に昇格した感じです。続編は、ハリウッド版の方が意識している感じで、実際に、「King of Monsters」では、ぞろぞろと出てきて、さらに「多極化」するようです。「シン・ゴジラ」の方は、続編があるとすれば、日本の「国のカタチ」のままでは根源的に対処不能な脅威が相手になる?、のかもしれませんが、それは、もはや、普通の意味の「ゴジラ」ではないような?

あと、ゴジラのテーマについては、1954年版について、「三角関係清算殺人説(つまり、水爆云々は表面的な話だった!)」と言うがあって、これが公開当時から指摘されていたのか、ネット発祥なのか、さらには、「ゴジラvsデストロイア」の設定に関連して関係者が意図的に流したのか、わかりませんが、確かに…、と思いました。

殺人といっても、手口としては、相手を自殺に追い込む、です。三角関係清算ではないけど、「エデンの東」と似てる?

2019/1/6 10:35  [2194-2114]   

 富士山3776mさん  

フェルメールの作品は1650年〜70年がほとんどだから約400年前と言うより約350年前かな。

作品に出て来る壁や床、窓、シャンデリア、机、椅子、パン、服、布等々、350年前でもこのレベルとは改めて西洋文化に驚きを感じる。

2019/1/6 10:58  [2194-2115]   

宮崎駿について

この人の作品を見て感じるモヤモヤについて、ちょっと、考えて見たのですが、この人って、いわゆる、西欧文明的な見方を自明のものと内面化しているのかな、とも思いました。なので、西洋文明世界と非西洋文明世界の対立みたいな構造(のメタファ)が読み取れなくて、モヤモヤを感じるのかも?
飛ぶときは、いきなり、西洋も東洋もない、文明以前の原始に飛ぶ、みたいな感じです。

同じ、ジブリでも、高畑勲は、日本自体に深くフォーカスしている感じで、むしろ、こっちの方がわかりやくすく感じるのかもしれません。

それに対して、もう少し、世代が下の、庵野秀明、押井守、大友克洋、とかは、明らかに意識をしていると思います。オクシデンタリズムまでは感じないけど。単に海外セールスを意識しただけかもですし。

宮崎駿と同じ感じ(臭い)は、実は、ファンの間の「代理戦争」で名高い、手塚治虫にも感じる。(^^;;「火の鳥」も、あんまり、東洋的な感じは受けなかったし。永遠とか輪廻転生を扱っている割には。

やっぱり、浅い…、かな?

2019/1/6 12:19  [2194-2120]   

そういえば…
日本を舞台にした、外国、特にいわゆるハリウッド、映画について、皆さんのイメージは?
そんなに大した数を見ている訳ではないのですが、印象に残ったのが…
別スレに書いた
キル・ビル
 日本のデフォルメの仕方が秀逸・圧巻の一言 「CARS 2」みたいなのは論外だけど

ブラック・レイン
 特に最後の空撮映像が印象に残っています。いかにも日本、という感じで。

ミスター・ベースボール
 こっちは、むしろ、今との対比で見ると面白い? NOMOの数年前なんだ!!
の他

ロスト・イン・トランスレーション

 とにかく、日本人(それもクリエーターの類!!)がいわゆるコンテキスト(というか、内輪のあ・うん)依存症なのが、グロテスクなまでに描写されていて…(-_-;)。当然、通訳がつくのだから、日本語で言えれば良いだけなのですが?
もちろん、作品のテーマは別なのですが、監督さんの半自伝でもあるということで、日本での疎外感(生きにくさ?)の原点なのかな元凶なのかな?

あと、

ワイルドスピード X3 TOKYO DRIFT
これは、いい意味でチープで面白い。主人公の無理感ありすぎとか…。実際に、日本のいわゆる、ドリフトは、世界的には奇異なようです。その中で、主人公に手を差し伸べるのが、在日韓国人のチューナーという設定も、娯楽映画のスパイスとしていい感じでした。

SAYURI
日本では酷評されているようですが、私にとっては、あまり、違和感なく見られたし、良い作品だと思います。着物の左前と右前って、そんなに重要か? ウィキペディアの記述は左前だけど、右前では?

ひどいと思ったのは

ウルヴァリン SAMURAI
ラスト サムライ

どちらも、舞台が日本である必然性が、いまいち、ピンとこなかった。やるなら、メガシャーク vs ジャイアント・オクトパス、くらい突き抜けないと?
細かいことは忘れたけど、こっちの方が、なんか、日本を感じるものがあったような気がします。

あとは、パシフィック・リム。
こっちは、日本自体はいわゆる書き割りに徹している感じで、それなりに、見れると思います。それでも、日本がアメリカの全き「保護」下にあること、中国人のめちゃくちゃなバイタリティ、とかきっちり押さえています。
ちなみに、この作品、出てくる怪獣(KAIJU)の造形が、いかにも、何らかの知性によって作られた(という設定である)ことが、第一印象でわかる、秀れた造形だと思います。この辺は、日本映画が追いつけない、ハリウッドの実力、かなと思います。

他にも色々と見た気もするけど…(^^;;

2019/1/7 20:36  [2194-2153]   

 めろん王さん  

日本が舞台ではなかったけど【ハワードザダック】かな?
どんなに認められても日本は子分扱いがせいぜいなんだろうなって思った。

水野広徳の全巻集が欲しい、、、
廃盤になる前に。
しかし10万円OVERか、、、
この人の本は少ない。
私が持ってる【此一戦】は仮名遣いが古くてライト感覚で読めない。
現代文のを買おうかな?

2019/1/7 20:48  [2194-2155]   

 富士山3776mさん  

日本じゃないけど昔の映画なら

・ローマの休日
オードリーヘップバーン最高です。

・明日に向かって撃て
ポールニューマンとロバートレッドフォードがカッコいい

・猿の惑星
コーネリアスの名が忘れられない、面白かった。

昔の映画はラストシーンが面白かった、明日に向かって撃ても猿の惑星も衝撃的なラスト。ローマの休日の”ローマ”も良かった。

幸せの黄色いハンカチもラストが良かったね〜。



2019/1/7 21:48  [2194-2158]   

明日に向かって撃て

何と言っても、音楽ですね。印象に残っているのは。
「雨に濡れても」

いま、ウィキペディアで見たら、凄まじい数のカバーが…

猿の惑星、の「猿」は、(太平洋戦争に勝っちゃった場合の)日本人のメタファという説があったような?
原作の話かも?

猿(チンパンジー)が、人間レベルの知性を身に着ける話だと、最近(と言っても、確か21世紀になってから程度の意味(^^;;…)のやつの方がリアルだったと思います。猿の表情つくりがなんとも…。
うろ覚えですが、猿の惑星だと、それほど、複雑な表情は作れなくて、いかにも寓話的だった印象があるので。

調べたら、多分
「猿の惑星: 創世記」
です。

前作とされる
「PLANET OF THE APES/猿の惑星」
は、表情つくりがリアルというか、チンパンジーと人間の連続性がもろにわかる感じ、以外は、まぁ、普通のSF映画(製作者のいうとおり「猿の惑星」のリメークでもない…)と感じたのですが。

2019/1/8 10:44  [2194-2166]   


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